IIIF Curation Platformとは?
国際的な画像配信方式であるIIIF (International Image Interoperability Framework)は、国内外の有力ミュージアムやライブラリがこぞって採用し、世界中で10億件近くの画像が公開されるなど急速に普及が進んでいます。国内でも、国文学研究資料館や国立国会図書館、東京大学や京都大学、慶應義塾大学などが大規模画像データベースの公開にIIIFをすでに活用しており、IIIFは人文学研究のデジタル化とオープン化を推進する起爆剤にもなっています。
IIIFは2013年ごろから利用が広がり始めた新しい技術であり、ソフトウェアのエコシステムはまだ発展途上です。特に重要な課題となっているのが、IIIFの検索と発見に関する課題、すなわちIIIFの世界における有力な検索エンジンの不在という課題です。ウェブ技術の歴史になぞらえれば、IIIFの検索はまだリンク集の段階、つまりディレクトリ型サービス(創業期のYahoo!に相当)やロボット型サービス(Googleに相当)が登場する前夜の段階にあると言えます。
こうした現状を踏まえ、CODHではIIIFへのアクセス性を向上させる研究をこれまで進めてきました。まず2016年11月に公開したIIIF Curation Viewerは、画像の一部を切り取り、収集し、メタデータを付与することで、新しい「キュレーション」を作成・公開する機能を実現しました。
続いて2018年5月に公開したIIIF Curation Finderは、キュレーションのアイデアをさらに発展させ、IIIF Curation Viewerで作成したキュレーションを検索可能にするとともに、検索結果を再編集した新たなキュレーションも公開可能としました。そしてJSONkeeperやCanvas IndexerなどのソフトウェアをAPI (Application Programming Interface)で接続することで、IIIF検索エンジンのプロトタイプとなる「IIIF Curation Platform」を実現しました。
さらに2018年11月に公開したIIIF Curation ManagerとIIIF Curation Editorによって、キュレーションを管理し編集するというワークフローがすべてオンラインで完結するようになりました。そしてIIIF Curation Playerはキュレーションの利活用を意識し、展示や教育での利用を想定した解説の表示を試みています。このように、IIIF Curation Platformは、IIIFの世界におけるキュレーションの生成から活用までのワークフローを一貫して支える情報基盤として、発展を続けています。
そして2018年11月には、IIIF Curation Platformのインストールを支援するICP Dockerもリリースしました。Docker環境でIIIF Curation Platformを動作させることで、以下に示す活用例のように、プロジェクト専用のキュレーション基盤を立ち上げ、プロジェクトの目的に特化したキュレーションを運用することが可能になります。
より大きな視点から見るならば、IIIF Curation Platformとはキュレーションという概念の導入を通して、IIIFの世界を「情報の提供者から利用者への一方向的な流れ」から「誰もが発信可能な参加型サービスのプラットフォーム」へと変えるものです。これはウェブの世界においてかつて起こった、Web 1.0からWeb 2.0への発展に対応する変化であり、その意味でIIIF Curation Platformは次世代型のIIIF基盤と言えます。利用者が作成するキュレーションによって、ユーザ生成コンテンツがIIIFの世界に新たな価値を生み出し、それがIIIFの世界をさらに豊かにしていくことが期待できます。
IIIF Curation Platformの活用例
IIIF Curation Platformは、デジタル化とオープン化が進む人文学研究の研究基盤として広く活用できます。気軽に試してみるためにIIIF Curation Platformのデモを用意しています。また以下ではIIIF Curation Platformの多彩な利用例を紹介します。
「顔貌コレクション」は、美術作品に出現する顔の部分を切り取って集め、それを美術史研究(特に様式研究)に活用するプロジェクトです。描き方から作者や工房の特徴を読み取りやすいため、顔貌表現は様式研究の重要な素材の一つです。日本の絵巻物を中心として古今東西の美術作品から顔貌を切り取って収集し、顔の描き方を比較検討することで、例えば絵師や工房の異同を推定したり、影響関係を見出したりすることが可能になります。
「武鑑全集」は、大名家や幕府役人の名鑑である『武鑑』を網羅的に解析することで、江戸時代の人物や大名家などに関するデータベースを構築するプロジェクトです。『武鑑』は文字情報だけでなく図像情報も豊富であり、家紋や行列道具などの「大名家デザイン」を分析することも可能です。そこでCODHと国文学研究資料館が協働して公開するオープンデータ日本古典籍データセットの一つである『寛政武鑑』(1789年)に登場する264の大名家を対象に、IIIF Curation Platformを用いて紋・道具の領域を切り取り、再編集して、紋・道具ごとに一覧可能としました。さらに色情報などもテキスト化して整理することで、色から紋・道具を検索する機能なども用意しています。
2018年10月には、NPO法人連想出版が構築したIIIF対応電子絵巻ビューアと、CODHがホスティングするDocker上で稼動するIIIF Curation Platformを接続した展示システムを高知県立美術館に設置し、「芳年 激動の時代を生きた鬼才浮世絵師」の展示に活用しました。IIIFの相互運用性を最大限に活用しつつ、プロジェクトに特化したICPインスタンスとIIIFビューアの構築により利便性を高めるというアプローチは、IIIFの応用可能性の広さを示唆しています。今後はミュージアム展示での活用にも展開していきたいと考えられます。
10月28日から始まった高知県立美術館「芳年」展。町絵師「絵金」が描いた作品「土佐年中風俗絵巻」の展示があります。大きな絵巻を自在に拡大縮小移動し、重要箇所の説明文が読めるこの展示システム、実はIIIF Curation PlatformのDocker版がバックエンドで活用されています。https://t.co/PUNq6So4jh pic.twitter.com/7YVhZ4Lina
- Center for Open Data in the Humanities (CODH) (@rois_codh) 2018年10月29日
IIIF Curation Platformは、人文学データだけでなく自然科学データにも適用可能です。例えばデジタル台風:気象衛星ひまわり図鑑は気象衛星ひまわり8号・9号の高解像度画像から気象学的に重要な現象を切り取り収集したデータベースで、IIIF Curation Platformが時系列連続画像にも適用できることを示しています。
このようにIIIF Curation Platformは、人文学だけでなく自然科学のデータにも利用でき、研究だけでなく教育にも利用できることから、高解像度画像が欠かせない様々な分野での利用が進むことが期待できます。
ソフトウェア
IIIF Curation Platformは、複数のオープンソースソフトウェアを統合して構築しています。以下ではICPソフトウェアを紹介します。なおIIIF画像サーバやIIIFプレゼンテーションサーバはICPに含まれません。
クライアントソフトウェア
ブラウザ上でユーザインタフェースとして動作するソフトウェアです。
サーバソフトウェア
サーバ上でAPIを提供し、データの保存や提供などのサービスをクライアントに提供するソフトウェアです。
Docker
ICPのインストールを支援するために、Docker環境へのインストール方法を提供します。
ICPのインストール
ICPの一部の機能はインストールなしにお手軽に利用できますが、インストールすればプロジェクト専用環境の構築も可能になるなど、ICPの利用には様々な選択肢があります。以下に典型的な4つのパターンを示します。
ユースケース | インストール方法 | プロジェクト専用環境 | |
---|---|---|---|
1 | CODHが用意するデモ環境を利用する場合 | インストールは不要 | 不可 |
2 | ICPクライアントだけを利用する場合 | ZIPファイルをダウンロードしてウェブサーバの必要な位置に展開するだけでよい | 不適 |
3 | ICPサーバも必要な場合 | 独自インストールも可能だがDockerを利用すると便利 | 可能 |
4 | CODHがホスティングするICP環境を利用する場合 | インストール不要(ただしCODHとの共同研究などの枠組みが必要) | 可能 |
上の表を比較しながら、自分の用途に適した方法を選択してください。IIIF Curation Platformのチュートリアルもご利用下さい。
API仕様
ソフトウェアとデータを結合するためのAPIとして、以下の3つを提案しています。これらはIIIF Presentation API 2を活かした独自拡張仕様です。
Omekaとの連携
IIIF Curation Platformは、他システムとの連携も可能です。以下の事例は、デジタルアーカイブの構築によく用いられるOmekaを活用した例です。まずIIIF Curation Platformを用いて画像のコレクションを作成し、その結果をCuration形式でCanvas IndexerからOmekaに取り込むことで、デジタルヒューマニティーズ研究に必要となるさらに深いメタデータをOmeka上で管理できるようにしました。
IIIFとは?
プラットフォームの基盤技術となるIIIF (International Image Interoperability Framework)に関する解説や、それを用いたデータベースなどの研究資源を紹介しています。
またIIIF Curation Platformのインストールや活用に関するチュートリアルを公開しています。
メンバー
- 総括:北本 朝展(ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター / 国立情報学研究所)
- IIIF Curation Platform:本間 淳(フェリックス・スタイル)
- JSONkeeper / Canvas Indexer:Tarek Saier(Karlsruhe Institute of Technology、国立情報学研究所インターンシップ生)
CODHセミナー
- 第4回CODHセミナー - デジタルアーカイブにおける画像公開の新しいトレンド~IIIFが拓く画像アクセスの標準化と高度化~
- 第14回CODHセミナー - IIIF Curation Platform利活用レシピ100連発
- 第15回CODHセミナー - IIIFとAIで変わる美術史研究 - 大規模顔貌データの様式分析から読み解く日本中世絵巻
参考文献
- Asanobu KITAMOTO, Tomohiro IKEZAKI, "Creating Image Annotations Using the IIIF Curation Platform for a Digital Humanities Project on the Omeka S", Lightning talks in IIIF Fall Working Meeting 2021, 2021年11月 (in English)
- Asanobu KITAMOTO, Jun HOMMA, Tarek SAIER, "IIIF Curation Platform: Canvas-Level Linking Structure for User-Driven Content Creation", 2021 IIIF Annual Conference, 2021年6月 (in English)
- 鈴木 親彦, 髙岸 輝, 本間 淳, Alexis Mermet, 北本 朝展, "日本中世絵巻における性差の描き分け-IIIF Curation Platform を活用した GM 法による『遊行上人縁起絵巻』の様式分析", 人文科学とコンピュータシンポジウム じんもんこん2020論文集, pp. 67-74, 2020年12月
- 北本 朝展, "オープンな画像の利活用を開拓するIIIF Curation Platform", カレントアウェアネス, No. E2301, 2020年9月
- 北本 朝展, 本間 淳, Tarek SAIER, "IIIF Curation Platform:利用者主導の画像共有を支援するオープンな次世代IIIF基盤", 人文科学とコンピュータシンポジウム じんもんこん2018, pp. 327-334, 2018年12月
- Asanobu KITAMOTO, Jun HOMMA, Tarek SAIER, "IIIF Curation: the concept, its development, and its potential impact on search and discovery", 2018 IIIF Conference, 2018年5月
- 北本 朝展, "IIIF Curation Viewerを用いたひまわり8号・9号気象衛星画像のキュレーション", 日本地球惑星科学連合(JpGU)2018年大会, No. MGI26-09, 2018年5月
- 鈴木 親彦, 髙岸 輝, 北本 朝展, "IIIF Curation Viewer が美術史にもたらす「細部」と「再現性」 絵入本・絵巻の作品比較を事例に", 人文科学とコンピュータシンポジウム じんもんこん2017, pp. 157-164, 2017年12月
- 北本 朝展, "IIIF Curation Viewerの開発と利用", IIIF Japan シンポジウム〜デジタルアーカイブにおける画像公開の新潮流〜, 2017年10月
- Asanobu KITAMOTO, "Extending IIIF to curation and timeline: case studies in cultural heritage, humanities, and natural sciences", 2017 IIIF Conference, 2017年6月
- 北本 朝展, "IIIFを用いた時空間データへの多重解像度アクセスとひまわり8号データへの適用", 日本地球惑星科学連合(JpGU)2017年大会, No. MGI30-09, 2017年05月