顔貌比較—美術史研究でのIIIF活用に向けた期待

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解説

美術史研究における手法の一つに、作品の描き方・スタイルの特徴を見ていく様式分析があります。特に絵巻物や絵本など登場人物が多い作品では、人物の顔貌を比較することが、特徴を見るために極めて有効な手段です。

IIIF Curation Viewerでキュレーションした画像は、「ピックアップサムネイル一覧」によって、一覧表示することができます。本来の活用方法とは異なるかもしれませんが、この機能を使って顔貌一覧を表示してみましょう。

キュレーションリスト一覧の1ページ目に並んでいるのは、奈良絵本の一つとして紹介されている「宇津保物語」の最初のシーンに描かれた登場人物の顔です。全体に色数も多く、烏帽子をかぶった地下人や稚児の顔が並んでいますが、4番の指差す仕草の人物や、5番のうたた寝する人物の表情はなかなか巧みに描かれています。また1番や3番、4番、8番、10番、11番の横顔は共通した描かれ方で、特にアイラインを引いたような特徴的な目尻の様子も見て取れます。

この作品についた国文研による解説情報には「箱裏に『正筆/八條宮智仁親王/うつほ物語五巻』とあり」と書かれています。八条宮智仁親王(天正7年〜寛永6年、1579年〜1629年)といえば、一時は豊臣秀吉の猶子となった人物で、桂離宮の創設でも有名です。著述家としても、また歌人としても名前を残している戦国末江戸初期屈指の文化人と言えます。親王が詞書を書いているとすれば、傑作とまではいかなくても質の高い絵が描かれていることも頷けます。

絵の質は日本古典籍データセットに含まれる別の「宇津保物語」と比較することでよりはっきりします。一覧の2ページ目は、各「宇津保物語」の同シーンに登場する人物を10名ずつピックアップしたものです。描きこみの細かさの差が一目瞭然ではないでしょうか。個性的な顔貌を描き分けている21−30に対して、31−40は描き分けが乏しく、また使っている色もずいぶん劣ることがわかります。一覧の3ページ目は同じく両作品からペルシアで仙人と天人に出会うシーンの顔を並べていますが、天人の柔らかな顔貌や老仙人の描き分けなどに明らかな差があります。

もう一歩進んで、日本古典籍データセットの奈良絵本の中で同じような様式を探すことにしましょう。一覧の4ページ目には始皇帝暗殺未遂の物語「咸陽宮」からピックアップした顔を並べています。中国が舞台のため全体としての印象は異なりますが、表情の描き方や切れ長の目から、ある程度は様式の連続性を見ることができそうです。この作品には日本以外を舞台とした際の人物描写の特徴もよく表れています。

5ページ目の「大職冠」、6ページ目の「浦島太郎」はずいぶんと技術は落ちますが、日本古典席データセットとして公開されている奈良絵本の中では比較的近い様式の作品として分類できるでしょう。また「浦島太郎」では、102番の女性や120番の老浦島にくらべて、105〜119番の竜宮の住人たちはずいぶんと手が落ちるように見えます。やや異なった観点ですが、顔貌を細かく見ていくと、同じ作品でも絵師が分担して描いている可能性も読み解けるかもしれません。

IIIF Curation Viewerのキュレーション機能を活用すれば美術史研究、特に様式研究に大いに役立つことが分かります。通常の論文や書籍では最終的な比較に使った代表的な顔貌数枚を掲載することしかできませんが、curation.jsonを活用すれば研究データとして比較するために利用した顔貌全てを共有することもできます。

今回はあくまでも「古典籍」という切り口で集められたデータを使ったため、利用した画像の「絵画としての質」は必ずしも高いもではありませんでした。しかしIIIF対応で公開される作品画像が増えていけば、美術史の様式研究にとってより高度かつ便利な環境が整っていくこととなります。

鈴木親彦(CODH)・髙岸輝(東京大学)

出典

  1. [200015505] 宇津保物語
  2. [200016463] 大職冠
  3. [200016472] 咸陽宮
  4. [200017526] 宇津保物語
  5. [200017771] 浦島太郎

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日本古典籍キュレーション』(情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設 人文学オープンデータ共同利用センター編集) 『日本古典籍データセット』(国文学研究資料館所蔵)を利用 はクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンス(CC BY-SA)の下に提供されています。

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