研究の出発点である資料収集では、何をどこから集めるかという判断が、後の結論の射程を決める。機関をまたいで資料を探す仕組みは整いつつあるが、悉皆を目指すのか標本で足りるのかという収集方針は、研究者が自分で引き受けるべき判断として残っている。
機関をまたいで資料を探す
かつて資料を手元に集めるには、機関ごとに異なるシステムへ個別にアクセスし、画像をカメラやコピー機で複製したうえで、ハサミと糊で一覧を作るような作業が必要だった [UC-040 §IIIFとキュレーションによる画像収集]。IIIF の普及により、世界中のミュージアムやライブラリが提供する画像を、組織の壁を越えて単一のビューアで参照できるようになった。IIIF の相互運用性は、日本でも他の国でも同じ技術でデータを集められる形で、組織横断的かつ全球的な大規模データ収集を可能にしたと整理されている [UC-040 §知見と今後の展望]。IIIF そのものの仕組みについては「画像の流通基盤」を参照されたい。
横断的な探索の具体例が Cultural Japan である。世界中の機関が公開する日本文化関連のデータを収集して検索可能にする有志プロジェクトで、100万件規模のデジタル資料を扱う。検索システムには閲覧ビューアが組み込まれ、見つかった画像からワンクリックでくずし字認識ビューアへ移れる [UC-003 §Cultural Japan とセルフミュージアム]。単一機関では扱えない規模の資料が、研究者の手元に届くようになっている。
何を集めるかの判断——悉皆か標本か
資料へ横断的にアクセスできても、何を収集対象にするかは研究者が決めなければならない。テーマを選ばずに各機関の公開作品を網羅的に取り込んでいくと男性が増えていくのではないか、という見立てがある [UC-041 §顔コレの活用]。収集の方針が、そのまま分析結果の偏りになりうるということである。顔貌コレクション(顔コレ)の事例では、講演時点で8,845件の顔貌が収録され、男女比や顔の向きの分布を数量で確認できる状態にあった。ただし、それは取り込んだ作品群を対象とした結果であって、日本の作品全体を代表するとは限らない。日本中の作品から顔を集められるようになれば作品の一般的な傾向がより明らかになる、という展望も示されている [UC-041 §顔コレの活用]。この展望は、現状の収集範囲がまだ標本にとどまるという認識を前提にしている。
写真アーカイブにも同じ構造がある。「京都の鉄道・バス写真データベース」は、立命館大学アート・リサーチセンターが所蔵する約9,200点を対象とする [UC-005 §京都の鉄道・バス写真データベースの構築]。この数は、所蔵資料という制約の中で定まったものである。素材に市電写真を選んだ理由は明示されている。車両・路線・背景から撮影場所や時代を特定しやすいこと、趣味写真ゆえにまとまったコレクションとして残されやすいこと、人物写真と違って肖像権の問題が起きにくいことなどである [UC-005 §京都の鉄道・バス写真データベースの構築]。研究上の問いに対して扱いやすい資料群を選ぶという判断であり、その根拠を明示しておけば、後から分析結果を解釈する手がかりになる。
収集の単位の決め方にも判断が伴う。大規模な空間データセットの構築では、どのようなエンティティが存在するかを特定して固有の ID を割り当てる工程が先に来る。歴史的な対象では「何を同じエンティティとみなすか」の判断が難しく、ここに多くの労力がかかる [UC-012 §大規模空間データセット構築の方針]。
集めた範囲が結論を規定すること
収集範囲と記述の関係は、メタデータの面にも現れる。データセットのメタデータには、どう作ったかは書かれても、どう使えるかは作成者自身が把握しきれず書かれにくい、という指摘がある [UC-021 §Mahalo Research:やわらかいメタデータによるデータセット発見支援]。何をどの範囲で集めたかを記録しておかなければ、後続の研究者は、そのデータセットをどの問いに使えるのか判断できない。
参照できる資料の範囲は、公開されているものの総体に縛られる。美術史研究の大規模化の背景には、多くのミュージアムやライブラリによる高解像度画像の公開があり、データ公開の努力への感謝を忘れずに研究を進めるべきだとされる [UC-040 §知見と今後の展望]。機関をまたいで探せるようになったのは、各機関による公開判断の積み重ねの結果である。公開されていない資料があることを意識したうえで、自分の収集範囲を評価する必要がある。