はじめに
大阪大学D3センターの髙橋 彰氏が、過去の景観写真と現在の町並みを同一構図で撮影・比較するカメラアプリ「メモリーグラフ」を用いて、京都市と飛騨市で進めてきた景観学習の実践を紹介します。立命館大学アート・リサーチセンターが所蔵する「京都の鉄道・バス写真データベース」を起点に、写真展、まちづくり団体を対象とした実証実験、大学生主体のイベント、中学生との景観学習プロジェクトへと、2017年頃から積み重ねてきた活動を扱います。デジタルアーカイブを実世界のフィールドへ持ち出し、地域社会とつなぎ直す試みに関心のある方に役立つ内容です。
景観と地域学習の捉え方
髙橋氏は、中村良夫の定義を引きながら、景観を「人間をとりまく環境のながめ」として捉えます。それは単なる眺めではなく、環境に対する人間の評価と本質的に関わるものであり、「地域(地域的概念)」と「風景(視覚的概念)」が重なり合うものとして整理されます。
その上で、廣瀬隆人による「地域を学ぶ」営みの3つの側面を引用します。暮らしの場としての地域を科学的・体系的に捉える科学としての側面、地域を知ることを通じて再発見・再評価し、地域を暮らしやすく変えていくエネルギーを育てる地域づくりのインセンティブの側面、そして自分の住む町を学ぶことでその地に生きる意味を見出していく主体形成の側面です。
「景観を読み解く」とは、眼前に広がる景観を個人的な嗜好で判断するのではなく、科学的な見地から地域の歴史的文脈やアイデンティティを発見・理解することです。景観写真は環境のながめを意図的に切り取ったものであり、その視覚情報から地域性を読み取れます。こうして景観写真から景観を読み解く体験は、自らの立脚地としての地域と自らを結び直し、地域を学ぶ体験につながると考えられています。
活動のフレームワークと展開
髙橋氏らの活動は、地域資料を出発点として、展示会・まち歩き・セミナーなどのイベント、メモリーグラフによる今昔比較の企画、そしてその成果のアーカイブ化を、順に巡らせていく循環として構想されています。歴史的町並みの継承や地域の社会的インフラの変化を「なにを伝えていけるか」という問いのもとに位置づけ、地域課題の発見から発信、アーカイブへとつなぐ流れをかたちづくってきました。
活動は2017年頃に始まり、その重心は段階的に移ってきました。初期は「京都の鉄道・バス写真データベース」の撮影地を探すイベントを中心に、展示会・トークイベント・聞き取りを並行して実施し、まち歩きの企画運営の方法を確立しました。2021年度以降は、京の三条まちづくり協議会、鴨川運河会議、祇園新橋景観づくり協議会といった特定地域のまちづくり団体に焦点を当て、フィールドワークを通じてまちづくりに関するコミュニケーションを引き出す活動へとシフトします。2023年度からは大学生による景観学習イベントの企画・実践、2024年度からは飛騨市立古川中学校と連携したコミュニティアーカイブへの取り組みへと展開し、フィールドワークの企画を外部者との協働へ開いていく段階に入っています。
京都の鉄道・バス写真データベースの構築
「京都の鉄道・バス写真データベース」は、立命館大学アート・リサーチセンター(以下、ARC)が所蔵する約9,200点の鉄道・バス写真を対象に、2017年2月に公開されたデジタルアーカイブです。立命館大学の矢野桂司氏・河角直美氏、佐藤弘隆氏らの研究チームが構築し、京都の鉄道・バス 写真データベース として公開されています。
市電写真を素材とした理由は複数あります。京電開業の1895年から市電廃線の1978年までが京都の都市景観の大きな変化期であったこと、車両を撮影対象としながらも当時は被写体になりにくかった日常の町並みが背景に映り込んでいること、車両・路線・背景から撮影場所やおおよその時代を特定しやすいこと、個人撮影ながら趣味写真ゆえまとまったコレクションとして残されていることが多いこと、市電・鉄道の同好会など資料情報を得やすいコミュニティが多く存在すること、そして人物写真と異なり肖像権の問題が起きにくいことです。
ARCというデジタルアーカイブの専門組織と連携できたことで、継続的な公開と管理、技術的なサポート、既存のアーカイブシステムの流用による経費と時間の削減が可能になりました。研究チームには、建築工学系・人文系・情報学系の研究者に加え、文化財保護の専門家、市電の専門家、京都市役所の職員が参加し、写真の撮影場所を議論しながら同定を進めました。
データベースの特徴は、過去写真(景観写真)、資料情報(メタデータ)、地図(Google Maps)、現在写真(Google ストリートビュー)の4つの情報を並列表示する点にあります。撮影場所が同定された写真は地図上のピンとリンクされ、ストリートビューと組み合わせることで簡易的な今昔比較ができます。たとえば、京町家が残っている箇所や、逆に町家が立ち並んでいた町並みが失われた箇所、河川の様子の変化などが、今昔写真の比較から見て取れます。撮影場所の同定作業は、写真情報を知らない人にとって単なる事実確認にとどまらず、その場所への正確な理解や歴史的認識の深化につながり、地域の価値を再発見・再評価する機会となります。過去写真から撮影場所を突き止めるには、たとえば北野線沿いにあったバスの車庫(もとは市電車庫)の存在を知っていることが手がかりになるように、地域の知識が鍵を握ることもあります。
デジタルアーカイブを活用したイベントの開催
データベースを素材とした最初の展開は、会場型のイベントでした。第1回展示会「古写真から見た昭和京都の生活〜市電の音が聞こえる風景〜」は2017年2月22〜24日に開催され、古写真の展示とギャラリートークを通じて、来場者に資料の提供と記憶の収集を呼びかけ、延べ500名以上が訪れました。その後も、第2回今昔写真展(2017年10月15日)、第3回今昔写真展(2019年2月17〜25日、延べ826名)と継続して開催しました。
こうしたイベントを重ねるなかで、記憶を収集する手法として、写真展・インタビュー・トークイベントのそれぞれに一長一短があることが見えてきました。写真展は不特定多数から記憶の断片を集められる一方、双方向のやり取りがないため情報の深度が浅くなりがちです。インタビューは双方向で深く収集できますが、対象にできる人数は限られます。トークイベントは会場とのやり取りのなかで思い出を引き出し、参加者の一体感を得られますが、情報発信の場としての性格が強く、アーカイブの価値や意義を伝えるのに向く一方、情報の収集にはあまり向きません。いずれの形式でも参加者の記憶や体験を集めることができ、収集した記憶は写真資料のメタデータの充実に活用できる可能性が示されました。
まちづくり団体を対象としたメモリーグラフの実証実験
写真を持って地域へ出る次の段階として、京都市内で活動する3つのまちづくり団体を対象に、メモリーグラフの実証実験を行いました。体験とヒアリングを通じて、まちづくりにおけるメモリーグラフの4つの意義と、いくつかの課題が浮かび上がりました。
調査対象と方法
実証実験は、立命館大学の矢野桂司氏・河角直美氏、佐藤弘隆氏、国立情報学研究所(以下、NII)の北本朝展氏らとの共同研究として実施されました。調査対象は、京都市中京区の「三条通界わい景観整備地区」で活動する京の三条まちづくり協議会、伏見区深草を中心に鴨川運河の保全・活用に取り組む市民活動団体である 鴨川運河会議、京都市東山区の祇園新橋伝統的建造物群保存地区を含む地域で活動する 祇園新橋景観づくり協議会 の3団体です。このうち京の三条まちづくり協議会(2016年認定)と祇園新橋景観づくり協議会(2017年認定)は、京都市から「地域景観づくり協議会」として認定を受けています。
調査は、地域でのメモリーグラフ体験とヒアリングによって行われました。ワークショップは約2時間で、趣旨・内容の説明、地域内3カ所程度でのメモリーグラフ体験、同意書・アンケートの記入、アンケートに沿った意見交換という流れで進められました。参加者は計14名で、ヒアリングはメモリーグラフの活用方法、写真素材、機能、操作という4つの観点から行われました。
メモリーグラフの4つの意義
第1に、景観のアーカイブとしての意義です。過去と現在を比べるだけでなく、同じ場所を毎年撮影していくことで、複数のユーザーによる定点観測のアーカイブが蓄積されていきます。さらにこの機能を拡張し、大切にすべき(保全すべき)視点場からの眺めをあらかじめ登録して定点観測すれば、その観察から景観の課題や対策を検討することも可能だと考えられます。
第2に、現状把握と景観分析のツールとしての意義です。古いものが良いと語られがちですが、古写真と現在を比べることで、アスファルト舗装が石畳に変わるなど、質を高める工事が行われていることに気づけます。「良かった過去」だけでなく、まちづくり活動の成果としての「良くなった今」にも気づける点が指摘されました。
第3に、地域の良さを伝える普及・啓発ツールとしての意義です。長く住む人は地域の成り立ちをよく知る一方で新鮮さを感じにくく、むしろ新しく移り住んだ人や商売を始める人、あるいは観光客に対して地域の魅力を伝えるツールとして使いたい、という意見が寄せられました。
第4に、コミュニケーションツールとしての意義です。スマートフォンの扱いは若者が得意で高齢者は苦手、逆に地域の知識は高齢者が豊富で若者は知らない、という交差する関係があり、世代間のコミュニケーションのきっかけになりうること、また高齢者福祉施設や同窓会・法事など人が集まる場での昔話のツールとして使えることが挙げられました。
課題と気づき
体験を通じては、課題や新たな気づきも共有されました。古写真と現在の景観の比較では、現地で主体的に構図を決めて撮ることの意味が強調されました。Google ストリートビューでも今昔比較はできますが、車で走りながら流して撮るのと、自ら構図を決めて撮るのとでは写真の持つ価値が異なり、現地でこそ土地の質感や細かな変化を感じ取れるという声がありました。重要伝統的建造物群保存地区である祇園新橋では、全体の印象は変わらないものの細部には多くの変化があること、所有者の努力によって全体の美しさが保たれていることなど、ディテールへの気づきも報告されました。
一方で、古写真の収集と整理には課題もあります。多くの写真を誰でも引き出せるように整理する手間、サーバー管理を含む費用や人手、責任の所在、そして被写体によっては周囲の風景が写らない・観光客にはより古いものが期待されるといった素材選定の難しさが挙げられました。これに対し、収集や整理の過程そのものをまちづくり活動の一部として位置づける可能性や、写真にストーリーを添えることでまち歩きの切り口が増えるという指摘があり、古写真を起点に地域の歴史的文脈をストーリーとしてまとめる構想へとつながりました。
大学生による景観学習イベントの企画・実践
2023年度から運用が始まった「メモグラ・マネージャ」と「メモグラ・ビューア」を活用し、大学生自身が企画から運営までを担う景観学習イベントを実践しました。メモグラ・マネージャ は、Web上でプロジェクトの登録・修正ができ、申請すれば一般のユーザーでもプロジェクトを作成でき、共同編集や公開範囲の設定も可能な機能です。メモグラ・ビューア は、共有プロジェクトの撮影結果をブラウザ上で表示し、まち歩き後の振り返りなどグループでの成果確認にも使える機能です。これらにより、開発者でない外部の企画者が自らプロジェクトを立ち上げられるようになりました。
実践したイベントは「レトロ⇔モダン 古写真でめぐるまちあるき 平安神宮〜知恩院」で、2024年3月1日14:00〜17:00に京都市東山区で行われ、京都市近郊の大学生5名が参加しました。企画を担ったのは、NPO法人京都景観フォーラムが開く京都景観エリアマネジメント講座を受講した大学生(4回生)で、対象を学生、目的を景観や町並みへの興味の喚起と仲間探しに設定しました。
企画は2023年11月の基本設計に始まり、マネージャ上で現地下見用のプロジェクトを作成して候補地を絞り込み、観光客の多い清水エリアは不適と判断して岡崎エリアが適していると決めました。2024年2月にはタイトルや、夷川発電所〜知恩院のコース、まち歩きと茶話会を組み合わせる形式を固め、チラシの作成、参加申し込み用のGoogleフォームの設定、会場予約、当日用プロジェクトの作成、撮影写真の選定(9枚)などの準備を進めました。当日は、マネージャで作成したプロジェクトを使ったまち歩きと、ビューアを用いた振り返りの茶話会を実施しました。
参加した学生からは、古写真と同じアングルで撮り、豆知識を聞きながら歩くことで新しい視点でまち歩きができて楽しかった、これまで機会のなかった他大学の学生とのまち歩きで貴重な経験ができた、といった声が寄せられました。企画した学生からも、自分たちでルートや写真を考えることで、より深く地域について考えるきっかけになったという声があり、参加・企画のいずれの立場でも、地域への向き合い方が変わる経験になりました。
飛騨古川での中学生との景観学習プロジェクト
2024年度から飛騨市と連携して始まった「飛騨古川・町並みの未来編集部」は、中学生を対象に、メモリーグラフを使った景観学習をコミュニティアーカイブへつなぐ試みです。主催は飛騨市役所まちづくり観光課と飛騨市立古川中学校(マイプロジェクト)、協力に大阪大学D3センター、新潟大学工学部建築学プログラム都市計画研究室、人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)が入り、共同研究者として立命館大学の矢野桂司氏、新潟大学の松井大輔氏、NIIの北本朝展氏が参加しています。古川中学校のマイプロジェクト(地域貢献の課外授業)の一環として、飛騨古川の町並み・景観に興味を持ち、飛騨古川のことをもっと知り、自分で調べたことを他の人に紹介できるようになることを目指します。
全体は4回のワークショップで構成されます。第1回は、1974年と1986年の町並み調査写真(いずれも飛騨市所蔵)を素材に、撮影場所を探す宿題形式の活動です。大学生が撮影場所の分かっている写真を「挑戦状」として渡して現地を探してもらうほか、大学生自身が特定できなかった写真を「SOS」として中学生に託し、生徒が地域の人に聞き取りをして撮影場所を見つけてくる場面もありました。
第2回は、メモリーグラフを使ったゲームです。最も多くの今昔写真を集めたチームの勝ち、1枚10点、構図がずれていれば減点、場所のヒントはなし、というルールのもと、中学生たちはゲーム性を楽しみながら真剣に取り組みました。第3回は「マイタウントレイル」の作成で、自分たちが良いと感じた場所を視点場として10カ所ほど撮影し、地図に落として一筆書きできるまち歩きルートを描き、メモグラ・マネージャに登録しました。第4回は地域の人とのまち歩きで、大学生と並ぶ形で中学生も自分たちの取り組みを発表し、当日は実際に地域の人々を案内しました。髙橋氏は、中学生だからといってできないことはなく、むしろこちらが教えてもらうことも多々あったと振り返り、写真とメモリーグラフを介してフィールドに出る体験が地域学習として意味を持ったと述べています。
知見と展望
髙橋氏は、地域社会の課題や未来を考えるための資料として景観写真に着目し、その活用の実践を紹介してきました。その視点の中心にあるのは、実世界である地域社会に軸足を置き、デジタルアーカイブされた資料をどのように実世界とつないでいくか、という問いです。
そのヒントは「活動」の共有にあり、活動の結果としてアーカイブが整理されたり、新しいアーカイブが生み出されたりする流れが重要だと髙橋氏は指摘します。この流れがまちづくりへと広がり、景観学習の活動からコミュニティアーカイブへつながっていくことが期待されています。楽しむ・集める・考える・伝えるという要素をぐるりと循環させるサイクルを描くことが、その展望として示されました。
講演情報
- イベント:第24回CODHセミナー - カメラアプリ「メモリーグラフ」によるフィールドワークの展開〜地域文化資源、観光、防災、人文学研究への利用事例〜
- 講演日:2025-07-07
- 講演者:髙橋 彰(大阪大学D3センター)
- 講演資料:人文学研究データリポジトリ(プレゼン資料)
- 講演動画:YouTube
関連リンク
- 京都の鉄道・バス 写真データベース
- 京都市:祇園新橋景観づくり協議会
- 鴨川運河会議
- ICA-Proc - Learning Method that Facilitates User Understanding of Changes in the Kyoto Townscape: Utilizing a Smartphone Application with the Kyoto City Tram and Bus Photograph Database
- メモリーグラフ(メモグラ) - 同一構図撮影を支援するカメラアプリ | ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)
- Memorygraph Manager - メモリーグラフ - 国立情報学研究所
- Memorygraph Viewer - メモリーグラフ - 国立情報学研究所
- 高橋 彰, 北本 朝展, 矢野 桂司, 佐藤 弘隆, 河角 直美, 景観写真のデジタルアーカイブと活用方法, 日本画像学会誌, 2023, 62 巻, 1 号, p. 23-34
この記事は、講演記録を基に生成AIを利用して作成したユースケース記事です。