はじめに
本講演は、国立情報学研究所およびROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)の北本朝展氏による基調講演であり、生成AIがメタデータの作成と活用をどのように変えるのかを、北本氏自身が手がける複数のサービスを通じて論じたものです。北本氏は人文情報学や地球科学などのデータ駆動型サイエンスを専門とし、オープンサイエンスにも幅広く関わっています。
講演は、AI時代におけるメタデータのあり方を問うJaLC「対話・共創の場」(第12回)で行われました。前半でメタデータをめぐる論点を整理し、後半では「かたいメタデータ」と「やわらかいメタデータ」という対比を軸に、つくし堂・Mahalo Button・Mahalo Researchといった事例を紹介しています。メタデータの標準化や相互運用性に関心を持つ研究者・データ管理者、そして生成AIの実務的な活用を検討している方に役立つ内容です。
メタデータをめぐる論点:利用者・項目・専門性
メタデータには「何のために付けるか」「どの項目を対象とするか」「どのような専門性が必要か」という複数の論点があり、北本氏は編著書『メタデータのパースペクティブ』に寄稿した章で整理したこれらの論点を講演の出発点としました。背景には、デジタルアーカイブとオープンサイエンスが「巨人の肩」の上に知を積み上げるための手段を提供するという構図があります。
第一は利用者の類型です。自分や自組織のためだけなら相互運用性(インターオペラビリティ)はあまり重要ではありませんが、一般的・専門的な利用者による「流通」を想定すると、相互運用性を考慮した形式や、分野ごとの詳細なメタデータが必要になります。第二は項目の類型で、北本氏は基本・内容・来歴・管理・利用の5種類に整理し、このうち利用(ユースケースや引用情報)メタデータを後半の事例で焦点となる項目と位置づけました。第三は専門性の類型で、基本メタデータや識別子を付与するデータライブラリアン的、利用者視点で潜在的価値を引き出すデータキュレーター的、長期的価値を保存するデータアーキビスト的の3種類があり、メタデータの付け方はこれに応じて変わります。
メタデータ付与の自動化と「目的か手段か」
メタデータの自動化にはシステムによるものとAIによるものがあり、自動化を有効と感じるかは「メタデータを目的とみなすか手段とみなすか」という立場と結びついています。北本氏は、人手による入力に加えて自動化への大きなニーズがあると述べ、その類型を整理しました。
システムによる自動化には、DOIに登録すれば再利用できる「使い回し」と、研究プロセスでメタデータが蓄積される「記録の自動化」があり、いずれもAIに依存しません。一方のAIによる自動化には、候補からどれを選ぶかのルールをAIに教えて負荷を下げる統制的な内容メタデータと、AIが下読みして候補を生成する非統制的な内容メタデータ(要約など)があります。書き方が統制的でなく、とりわけ「正解」が存在しないメタデータでは、非統制的な内容メタデータへの自動化が特に有効になると北本氏は指摘しました。
この自動化を考える前提が、メタデータを目的とみなすか手段とみなすかという問いです。ライブラリアンなどに多い「目的」の立場では、メタデータはデータの学術的説明であり専門知が詰まったもので、解題のように周辺知識を含めれば著作物性を帯びることもあります。研究者に多い「手段」の立場では、メタデータはファインダビリティの補助情報であり、検索さえできればよいと考えられます。AIで作れるという話は特に手段とみなす人に響くものであり、本講演は主にメタデータを手段として捉えたときに生成AIで何ができるかを扱う、と北本氏は前置きしました。
かたいメタデータとやわらかいメタデータ
生成AIの登場を受けて、北本氏は「かたい(固定的な)メタデータ/Hard Metadata」と「やわらかい(可塑的な)メタデータ/Soft Metadata」という対比を講演の中心概念として提示しました。両者の違いは、標準化に依拠するか、生成AIの橋渡しに依拠するかにあります。
かたいメタデータは標準的な共通スキーマに基づいて作成し、標準化によって相互運用性を担保しますが、その合意形成には多大なコストがかかり、標準化できない情報は脱落してしまいます。これに対しやわらかいメタデータは、目的に応じてスキーマを柔軟に使い分け、相互運用性はAIの橋渡しで何とかするという発想に立ちます。少し異なる言葉や形式を用いてもAIが両者をつなげれば成立するため、事前の合意は不要となり、利用者が目的に最適化して作成できます。その結果、多様な情報を取り込んで多様化を推進できる点に大きなメリットがあると北本氏は述べました。
ここで活用される生成AIとして、北本氏は自身が使う2種類のAnthropic Claudeを挙げました。調査や計画に便利なWeb上のチャットと、コマンドラインで使うコーディングエージェントのClaude Codeです。北本氏は、30年ほどの研究者人生の中でClaude Codeに最大級のインパクトを感じていると語り、これら2つのツールで何ができるかを以降の事例で示しました。
つくし堂:AIによる古典籍メタデータの生成
最初の事例は、AIによるメタデータ生成の例として紹介された「つくし堂」です。これは、国文学研究資料館のDDHプロジェクトが進める30万点(1868年以前)の日本古典籍のオープンデータを、親しみやすく届けるための「AI生成書店」です。古典籍はくずし字で書かれ、画像を公開しても内容を読めないため、CODHはディープラーニングによるくずし字認識手法KuroNetを開発し、1枚を約1秒で、条件が良ければ95%の精度で現代の文字へ変換できるようにしました。ただし現代文字に直しても古文であることに変わりはなく、すらすら読めるわけではありません。その解決策として2025年12月に公開されたのが、つくし堂です。
つくし堂では、標準に従って記述された書誌情報のメタデータと、くずし字認識によるOCRテキスト(OCR誤りを含む古文)の2つを入力し、「あなたは日本の書店のプロモーション担当者です」といったプロンプトを与えて要約やタグを生成します。要約・タグの生成にはClaude Sonnet 4.5が用いられました。書店には、名前・職業・ペルソナをAIが生成した店員が9人おり、それぞれの得意分野に応じて本を推薦し、店員ごとのキャッチコピーやPOP風表示もAIが生成します。タグが共通する2点の要約から関係記述を生成させることもできますが、北本氏は、あまりにもっともらしいためハルシネーション(幻覚)かどうかの確認も難しく、専門家から見れば細部に疑問が残る可能性があると率直に述べました。
このサイト自体が完全にAIで作られている点も特徴です。北本氏はWeb版のClaude Opus 4.5でコンセプトを議論しながら仕様書をマークダウン形式で作成し、それをClaude Code(Opus 4.5)に読み込ませてWebサイトを生成させ、コーディングは一切行わずプロンプトのみで進めました。時間配分は、仕様書を詰める段階が40〜50%、コーディング自体は10〜20%で数分から数十分で初期実装が完成し、その後のエラー処理や文言の微修正に再び40〜50%を要したとのことです。
これらのAI生成メタデータは古典籍の世界で標準化された方式ではありませんが、現代文で書かれているため読みやすくなります。3,000点以上の古典籍にキャッチフレーズを付与する作業は人間の専門家には現実的ではなく、正解がなく多様な解があり得るメタデータにこそAI生成メタデータはゲームチェンジャーになる、というのがこの事例の結論です。
Mahalo Button:データ利用事例の蓄積と活用
二つめの事例は、データセットの利用事例をメタデータとして蓄積する仕組み「Mahalo Button」です。従来、データセットの公開メタデータだけでは、そのデータがどのように利用されているかが分からないという問題がありました。
Mahalo Buttonは、データセットの公開ページに設置するボタンで、そのデータセットを利用した論文の情報を蓄積していきます。これによりデータを使いたい人はボタンから事例を見て用途を学べます。北本氏はこの仕組みに生成AIチャットを組み合わせ、ある分野について利用事例を尋ねるとその分野の内容だけをまとめて答えるようにしています。利用事例のテキストをデータベースとして保持し、プロンプトとともに大規模言語モデル(LLM)へ渡して出力を得る構成です。
ここで北本氏が強調したのは、利用事例の生テキストを保持しておく設計です。最初に情報をまとめて落とすのではなく、リッチな情報を持っておき、利用する時点で構造化や形式変換を行うことで、さまざまな質問に答えられます。この事例テキストはGoogleのNotebookLMでも活用でき、Mahalo ButtonのRSS形式リンクをマークダウン形式に変換してアップロードすると、資料に基づく質問応答に加え、用途を1枚にまとめたインフォグラフィックや音声まとめなどを生成できます。北本氏は、マークダウン形式は軽量でLLMが扱い慣れているためアップロードに適していると説明しました。
北本氏は、これらが結局のところコンテキストエンジニアリング(Context Engineering)だと整理しました。現在の最先端LLMは入力を出力に変換するテキストプロセッサーとして優秀で、コンテキスト(基盤モデルの入力データ)に良い参考情報を、プロンプトに良い指示を与えれば、テキストや画像・動画として優れた出力が得られ、ハルシネーションの影響も軽減できます。ただしコンテキストの長さには限りがあるため、そこにいかに良い情報を詰め込むかが研究テーマになっていると北本氏は述べました。
Mahalo Research:やわらかいメタデータによるデータセット発見支援
三つめの事例は、Mahalo Buttonで集めた利用事例を活用してデータセットの発見を支援するサービス「Mahalo Research」です。要約・推薦・関連検索・比較・プロフィールといった機能を、生成AIをフル活用して実現しています。
データセット要約は、DIASで公開されているデータセットを概要・価値・応用分野の3項目でまとめるものです。この項目立ては北本氏が設定したもので、変更すれば別のまとめ方もできます。特に応用分野は利用事例があることで充実します。データセットのメタデータには通常どう作ったかは書かれても、どう使えるかは作成者自身が把握しきれず書かれにくいのですが、利用事例(Mahalo Card)を入れることで記述が充実するのです。どのデータセットの記述もほぼ同じ長さに統一できる点も、AI活用の見かけ上の利点だと北本氏は述べました。
データセット推薦は、行いたい研究内容を入力すると、類似研究を行う論文を手がかりにそれらが使うデータセットを示します。データセット比較は、2つのデータセットの違いをメタデータと利用事例の双方から生成AIが比較し、どの目的にどちらが向くかを提示します。プロフィール設定は、自分のウェブサイトを読み込ませてプロフィールをまとめ、関連するデータセットを提示します。いずれも利用事例というリッチなメタデータがあることで可能性が広がっており、いかにメタデータを広げていくかが課題のひとつだと北本氏は位置づけました。
生成AIのための「HOWメタデータ」
北本氏が現在取り組んでいる新しい試みが、生成AIのための「HOWメタデータ」です。従来のメタデータは、何のデータセットか(WHAT)、なぜ作られたか(WHY)が中心でしたが、今後のAI活用を見据えると、データセットをどのように使うか(HOW)に関するメタデータも必要になるという問題意識に基づいています。
北本氏は、この分類はまだ暫定的なものと断りつつ、Descriptive Metadata(WHAT)、Contextual Metadata(WHY)、Operational Metadata(HOW)という整理を示しました。このうちOperational Metadataは、ファイル形式と読み込み方法、列定義(名前・型・単位・値の意味)、ファイル名パターン、API使用例、注意点・制約などを含みます。こうした細かい情報は従来あまり構造化されてきませんでしたが、データを読み込むソフトウェアがあれば、それを生成AIに入力して自動的に分析させ、この形式で生成できます。北本氏はこの作成にClaude Code Skillを用いていると述べました。
このHOWメタデータはプログラムの自動生成につながります。例として、北本氏が公開するデジタル台風データセット(Descriptive Metadataが付与されている)と、それを読み書きするライブラリpyphoon2(GitHubで公開)を読み込ませてOperational Metadataを生成し、これをコンテキストとして使う構成が示されました。「台風経路を描くスクリプトを作って」とプロンプトを与えると、2種類のメタデータを読み込んでPythonプログラムが生成され、実行すると台風経路の図が得られます。メタデータからプログラムを自動生成するには、こうした新しい形でメタデータを追加することが必要になる、というのがこの試みの要点です。
AI時代におけるメタデータの再考と今後の展望
講演の締めくくりとして、北本氏はAI時代におけるメタデータの位置づけを再考しました。これまでは厳密なスキーマに従ったかたいメタデータでなければ相互運用性を確保できませんでしたが、生成AIが意味のギャップを橋渡しできるため、やわらかいメタデータの価値が増すという見立てです。
北本氏は、深い意味でのギャップは橋渡しできないが、同義語や表記の揺れといった浅い意味でのギャップは橋渡しできると補足しました。そのうえで、流通を重視するシステム(DOIなど)は固定的なスキーマで標準化を進める一方、発見(ファインダビリティ)を重視するシステムはやわらかいメタデータと生成AIによって多様化を推進できると整理しました。多様なメタデータをすべて標準化するのは困難でも、生成AIを使えば多様化を進め、さまざまなアプリケーションへ広げられるというわけです。
北本氏は、AIと人間との新しい役割分担も図で示しました。「悪い役割分担」では、標準化できない情報がまず脱落し、人間が事前に構造化を頑張り、最後に少ない情報をAIが活用するため、人間もAIも苦労します。これに対し「良い役割分担」では、多様なデータをそのまま保存し、AIが得意な構造化をオンデマンドで実行し、人間が活用方法を柔軟に決定します。現在の方式は悪い役割分担に近く、良い役割分担への移行にはメタデータの再定義が必要だと述べられました。
講演後の質疑応答でも、この役割分担に関わる論点が交わされました。北本氏は、メタデータはデータ本体に含まれない周辺情報も担うため不要にはならないとし、ストレージの負担についてはどのみちデータは置く必要があるが、階層的に中間データを置くか厳選データだけを置くかという議論はあり得ると応じました。また、かたいメタデータは最低限必要なものに絞り、それ以外は無理に標準へ収めず自由に書いてよいと述べ、コンテキスト作成の準備は人間に残るものの、きれいに整理する労力や使い回しの面で人間の負担は大きく減る可能性があると答えています。
まとめとして北本氏は、標準化に基づくかたいメタデータがメタデータ流通において依然重要であること、やわらかいメタデータは生成AIの活用と橋渡しによって新たな価値を生み出すこと、コンテキストに優れた参考情報を詰め込むことが生成AI活用のキーポイントであること、そしてAIと人間との新しい役割分担に向けたメタデータの再定義が必要であることを述べ、講演を締めくくりました。
講演情報
- イベント:JaLC「対話・共創の場」(第12回)
- 講演日:2026-02-02
- 講演者:北本朝展(国立情報学研究所/ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター(CODH))
- 動画:YouTube
関連リンク
- 北本 朝展 (Asanobu Kitamoto) - マイポータル - researchmap
- HumanitiesThroughDDPS
- みを(miwo):AIくずし字認識アプリ | ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)
- 日本古典籍データセット | ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター
- つくし堂 - 江戸の本がみつかるAI生成書店
- Mahalo Button - Connecting Data Creators and Data Users as the Network of Gratitude
- DIASに研究データ利用状況の共有サービス「Mahalo Button」を導入しました | データ統合・解析システム(DIAS)
- Mahalo Research
- デジタル台風データセット - DIASデータ俯瞰・検索システム
- GitHub - kitamoto-lab/pyphoon2: Dataset loader for the Digital Typhoon Project
この記事は、講演記録を基に生成AIを利用して作成したユースケース記事です。