古地図や絵図に記された地名を現代の位置に結びつけるには、地図の画像と現代の座標とを対応づけなければならない。古地図は北を上にするとは限らず、距離も正確に測られていないため、画像上の位置をそのまま実際の位置として使うことはできない [UC-011 §4. 江戸切絵図を現代地図に重ねる——地名抽出とジオレファレンス, UC-033 §地図のデータセットと古地図の活用]。本節では、その対応づけ(ジオレファレンス)の手順、精度の見極め、測量に基づかない絵図の扱いを、実例と道具に即して整理する。

基準点を打つ——ジオレファレンスの基本手順

ジオレファレンスでは、GCP(Ground Control Point、基準点)と呼ばれる対応点を古地図と現代地図の双方に打つ。たとえば桜田門どうしや堀が曲がる特徴的な地点どうしを結び、対応点が互いに近づくように幾何学的な変換をかける。地図は回転し、距離の合わない部分は歪めて合わせられる [UC-011 §4. 江戸切絵図を現代地図に重ねる——地名抽出とジオレファレンス]。

基準点には、現代にも残る地物を選ぶ必要がある。かつての堀が現在は道路になっている外堀通りのように対応物が姿を変えている場合は、現在の地物のうち何が当時のものに当たるかを探して合わせる [UC-011 §4. 江戸切絵図を現代地図に重ねる——地名抽出とジオレファレンス]。伊能図の海岸線の復元では、岬の地点や、村と街道の屈曲といった特徴を現代地図と対応づけて位置を合わせている [UC-011 §5. 江戸の地理空間データとその活用]。

江戸切絵図では、国立国会図書館が公開する画像を、立命館大学が運用する日本版 Map Warper で位置合わせした。成果を現代の地図に重ねると、現在の皇居あたりが江戸城、丸の内が大名屋敷、外堀通りがかつての堀であったことが読み取れる [UC-013 §江戸マップ——古地図のデータベース化とジオレファレンス, UC-011 §4. 江戸切絵図を現代地図に重ねる——地名抽出とジオレファレンス]。

歪みの大きさと、位置合わせの二つの方針

古地図の精度はまちまちで、位置合わせの方針もそれに応じて選ぶことになる。講演では二つの方向が整理されている。

[UC-011 §6. 古地図の位置合わせ手法とソフトウェア]

測量に基づく地図では、幾何補正でかなりの位置合わせができる。ただし測量済みでも多少のずれはあり、精度を見極めて使う必要がある。歪みの大きい地図は、幾何変換すると可読性が大きく下がるため、歪めずに一点だけ合わせる方法が有効である [UC-011 §8. まとめ——不確かさと向き合う歴史GIS]。

誤差が示すもの——シルクロードと北京の例

誤差の見積もりは、古地図の使いみちを左右する。シルクロード地域のスタインの地図では、記された緯度経度の地点に GPS を頼りに行っても遺跡が見当たらない問題があった。かつては遺跡が風化や持ち去りで失われたと考えられていたが、真の原因は地図の緯度経度の線そのものがずれていたことにあった。誤差は場所により数十 km に及び、特に経度方向で大きい。経度の測定には正確な時計が必要で、砂漠は温度差が大きく乾燥していて時計が狂いやすく、時刻合わせができる大きな都市から離れるほど誤差が蓄積したためである。一点だけ合わせるソフトウェア「マッピニング」で地点を選ぶと、背景地図が動いてその地点だけが合い、「約5.6 km ずれている」といった誤差が表示される。ずれの向きへ合わせ直すと、正しい位置に遺跡が見つかった [UC-011 §7. ディジタル・シルクロードの古地図を読み直す]。

北京の『乾隆京城全図』は、一軒一軒の家まで描き込んだ詳細な地図で、203枚に分割して収録され、スキャンすると約290億ピクセルになる。ジオレファレンスは GCP に加え、線を線に対応づける新しい方法も開発して行った。城内が碁盤目状の道であるため、直線が直線として保たれる変換が必要になるからである。作業の過程で、GCP が合わない箇所を寺院の位置から調べると、5枚のシートで配置が入れ替わっていることが分かった。一枚の中で左右が逆転しているものもあり、撮影時のミスや修復時の取り違えによるものと考えられる。入れ替えを正すと寺院が正しい位置に来て解釈できるようになり、ただつなげればよいのではなく、正しくつながるかを確認しなければならないという教訓が得られた [UC-011 §7. ディジタル・シルクロードの古地図を読み直す]。

この北京の地図は、古写真の解釈にも用いられた。写真に写る建物や対象物を、地図上の地点と一つずつ対応づけて撮影地点を特定し、一見すると建物に見えたものが通りの上に建てられた仮設の建物だと判明した例がある [UC-016 §地図と組み合わせた過去の景観の再現]。

測量に基づかない絵図をどう扱うか

江戸切絵図の後半の図は、地図というよりほとんど絵に近い。売り物として有名観光地を枠内に押し込むため、距離も方向も大きく崩れ、「この道を行けば観光地に着く」という情報だけが保たれている [UC-011 §4. 江戸切絵図を現代地図に重ねる——地名抽出とジオレファレンス]。こうした図には二つの対処が報告されている。

第一は、地名の点を一つずつ現在位置へ動かす手作業である。ジオレファレンスでおおよその位置に合わせたうえで、一点一点を現代地図と見比べながら正確な位置へ移す。歪みが大きい箇所では全体の重ね合わせが合わないため、この作業が必要になる [UC-011 §4. 江戸切絵図を現代地図に重ねる——地名抽出とジオレファレンス, UC-033 §地図のデータセットと古地図の活用]。背景地図には OpenStreetMap を用いた。約8,000地点をすべてこの方法で移し、29枚を統合して、江戸全体の図が初めて表示できるようになった [UC-012 §江戸マップデータセット]。作業の規模を示す数字は資料により揺れがある。抽出地名の件数は8,719件とする記述と [UC-011 §4. 江戸切絵図を現代地図に重ねる——地名抽出とジオレファレンス, UC-010 §江戸マップ──古地図からの地名抽出とジオリファレンス]、8,788か所とする記述がある [UC-013 §江戸マップ——古地図のデータベース化とジオレファレンス, UC-012 §江戸マップデータセット]。

第二は、座標の正しさを諦めて位相(トポロジー)だけを読む方法である。地下鉄路線図のように、距離や方位が正しくなくても、接続関係さえ保たれていればよいという地図がある。シルクロードのグリュンヴェーデルの地図は、スタインの地図に比べて不正確だが、遺跡と出土遺物がひも付けて記されており、情報としては貴重である。位置や方位を直接信じるのではなく、描かれた道や壁などの位置関係を正しいものとして読み、写真の位置関係も併用して解釈を組み立てると、結果的にほとんどの遺跡を同定できた [UC-011 §7. ディジタル・シルクロードの古地図を読み直す]。

地図の価値は距離や方向の正しさだけでなく、目的に必要な情報を可視化することにもある。1933年の Harry Beck によるロンドン地下鉄路線図は、路線を縦・横・斜めの直線だけで描いて地理的には正確でないが、駅の順番、乗り換えの場所、テムズ川の位置は正しく、乗り換えという目的には最も使いやすい [UC-009 §地図とは何か]。

古地図に固有の事情もある。名前だけでは資料間の対応がつかない場合には、場所や地形、写真を経由して同定する。スタインが「Murtuk Ruins」と名づけた遺跡と現在「烏江不拉克仏塔」と呼ばれる場所は、場所と写真の両面から同一と分かった。地名を直接突き合わせず、地理的・視覚的な資料を経由して一致を示すこの方法を、講演者らは「場寄せ」と名付けている [UC-011 §7. ディジタル・シルクロードの古地図を読み直す]。

主な道具とサービス

位置合わせに用いられる道具は、次のように使い分けられている [UC-011 §6. 古地図の位置合わせ手法とソフトウェア]。

これらの IIIF 対応の仕組みは、古地図の画像を機関のサーバーに置いたまま位置合わせできる点で、ジオレファレンスと相性がよい。江戸切絵図の地名抽出では、画像を IIIF で公開し、CODH が開発する IIIF Curation Viewer で地図上にマーカーを立てて地名を記録した。IIIF 形式なら、国立国会図書館に限らず他機関の資料も同じビューワーで見られる [UC-011 §4. 江戸切絵図を現代地図に重ねる——地名抽出とジオレファレンス]。大きな一枚画像に大量のアノテーションを付けて表示・検索する用途では、東洋文庫『大明地理之図』で IIIF Curation Map Search が使われている [UC-003 §東洋文庫『大明地理之図』]。

公開されている成果物

位置合わせの成果は、データセットや地図サービスとして公開されている。

こうした成果物は、地名を媒介に文献の情報と結びつけられている。江戸買物案内では、広告本から取り出した商人の住所を江戸マップ上に表示でき、広告を出せたのは広告費を払える店であったという偏りに注意すれば、当時盛んだった業種の手がかりになる [UC-011 §5. 江戸の地理空間データとその活用]。