古地図や絵図を現代の地図に重ね合わせる作業——ジオレファレンス——は、歴史GISの実践においてもっとも手間のかかる段階の一つである。測量に基づく地図と、絵のように描かれた地図では求められる手法が異なり、精度の見極めと道具の選択が成果の質を左右する。

位置合わせの原理と基準点の取り方

ジオレファレンスの基本的な手順は、古地図と現代地図のあいだで対応する地点——GCP(Ground Control Point、基準点)——を複数指定し、その対応関係から幾何学的な変換式を推定して古地図全体を変換することである。江戸切絵図の場合、桜田門や堀の屈曲点など形状の特徴的な場所を両図上で対応づけ、地図を回転・伸縮させて合わせる [UC-011 §ジオレファレンスによる位置合わせ]。かつての堀が現在は道路になっている外堀通りのように、対応物が変化している場合は、現存する地物の中から同定できるものを探して合わせる [UC-011 §ジオレファレンスによる位置合わせ]。

GCPを用いる幾何補正は、多くの点の位置を同時に合わせられる一方で、地図全体を歪めるため文字が読めなくなるという問題が生じる [UC-011 §古地図の位置合わせ手法とソフトウェア]。この点は精度と可読性のトレードオフとして意識しておく必要がある。

測量に基づかない絵図への対応

古地図には精度の幅がある。測量した伊能図や乾隆京城全図から、測量に基づかない絵図的な地図まで連続体として存在し、それぞれに対応が異なる [UC-011 §まとめ——不確かさと向き合う歴史GIS]。

江戸切絵図のうち後半の数枚は、有名観光地を枠内に収めるために距離も方向も大きく崩れており、「この道を行けば観光地に着く」という接続関係のみが保たれた地図に近い [UC-011 §歪みの大きい地図への対応]。こうした地図に対して幾何補正をそのまま適用しても、周辺ほど誤差が増して使えない。そこで用いられる方法が二段階の作業である。まずジオレファレンスでおおよその位置に合わせたあと、抽出した地名の点を現代地図と見比べながら一点一点を正確な位置へ手作業で移動させる [UC-011 §歪みの大きい地図への対応, UC-013 §江戸マップ——古地図のデータベース化とジオリファレンス]。江戸切絵図ではこの作業を29枚・約8,000か所すべてに行い、江戸全体の図を初めて表示できるようになった [UC-012 §江戸マップデータセット]。

グリュンヴェーデルの中央アジア調査地図は別の問題を提起する。この地図はスタインの地図に比べて位置・方位が不正確だが、調査した遺跡と出土遺物の紐づけ情報を持っており、情報としての価値は高い。ここで有効なのがトポロジカルマップの考え方——地下鉄路線図のように距離や方位は保証せず、接続関係(どこと隣接しているか)のみを信頼する読み方——である [UC-011 §信頼できない地図をトポロジカルに読む]。描かれた道や壁の位置関係を接続関係として読み、写真の位置関係も併用することで、結果的にほとんどの遺跡を同定できた [UC-011 §信頼できない地図をトポロジカルに読む]。

歪みと精度——測量済みの地図でも生じるずれ

測量に基づく地図であっても精度は均一でない。スタインが中央アジアで作成した地図では、緯度経度の線が描かれているにもかかわらず、その座標に基づいてGPSで現地へ赴いても遺跡が見当たらないという問題が生じた。原因は地図上の緯度経度線そのものがずれていたことで、誤差は場所によって数十kmに及んだ。特に経度方向のずれが大きく、これは当時の測量技術の限界——砂漠という温度差が大きく時計が狂いやすい環境では、経度を正確に求めるための時刻合わせが難しかった——による [UC-011 §「消えた遺跡」問題と経度の誤差]。時刻合わせができる都市の付近では精度が保たれる一方、都市から離れるほど誤差が蓄積する構造になっていた [UC-011 §「消えた遺跡」問題と経度の誤差]。「遺跡が消えた」という解釈は誤りで、「地図がずれていた」ことが分かると遺跡はそこにある——デジタルで地図を合わせることで初めてこの誤りが訂正された [UC-011 §「消えた遺跡」問題と経度の誤差]。

伊能図の場合も同様で、測量したのは海沿いが中心であり内陸は調査しておらず、測量した部分にもずれが見られるため、岬の地点や街道の屈曲といった特徴を現代地図と対応づけて位置を合わせながら用いる [UC-011 §地図の土台をつくる——海岸線と伊能図]。

大規模な地図では別種の問題も生じる。乾隆京城全図の位置合わせ作業では、GCPを取ろうとしても合わない箇所があり、調査の結果、5枚のシートで配置が入れ替わっていること、また1枚の中で左右が逆転しているものがあることが判明した。撮影時のミスや地図修復時の取り違えによるものと考えられ、「正しくつながるかを確認しなければならない」という教訓が得られた [UC-011 §北京・乾隆京城全図の大規模幾何補正]。

幾何補正とインタラクティブな方式の使い分け

ジオレファレンスには大きく二つの方向がある。一つは幾何補正(GCPを用いた方式)で、全体を数学的に変換し多くの点を同時に合わせる。もう一つはインタラクティブ・ジオレファレンシングで、今見たい一点だけを合わせ、地図の形を歪めない [UC-011 §古地図の位置合わせ手法とソフトウェア]。

インタラクティブな方式は、地図上の文字が読める状態を保ちながら特定地点の位置を確認したい場合——スマートフォンで現在地を中心に合わせて見るような用途——に適している。歪みの大きい地図では幾何変換すると可読性が著しく下がるため、この方式が有効になる [UC-011 §まとめ——不確かさと向き合う歴史GIS]。シルクロード調査地図の経度ずれを示すために開発されたマッピニングは、一点を選ぶと背景地図が動いてその地点だけを合わせ、ずれの大きさを表示するという一点合わせの実装例である [UC-011 §「消えた遺跡」問題と経度の誤差]。

ある程度の精度がある測量地図であれば幾何補正でどのピクセルが現代のどこに対応するかが分かる。一方、歪みの大きい地図は幾何変換すると可読性が下がるため歪めずに一点だけ合わせる方式が有効になる——というのが実践から導かれた使い分けの原則である [UC-011 §まとめ——不確かさと向き合う歴史GIS]。点データについては、ジオレファレンスはあくまで出発点であり、現代地図との比較や現地調査を重ねて精度を高めていく [UC-011 §まとめ——不確かさと向き合う歴史GIS]。

主な道具とサービス

実践で用いられているソフトウェア・サービスを整理する。

日本版Map Warper は立命館大学が公開するWebサービスで、画像をアップロードしてGCPを打つと位置合わせができる。OpenStreetMapを土台とし、多くの人が地図を持ち寄って合わせることができる。江戸切絵図のジオレファレンスに用いられた [UC-011 §ジオレファレンスによる位置合わせ, UC-013 §江戸マップ——古地図のデータベース化とジオリファレンス]。

Allmaps はIIIFに対応したジオレファレンスツールで、IIIFで公開された地図を取り込んで位置合わせする。複雑なGIS基盤やXYZ形式のタイル生成を必要とせず、IIIFサーバーさえあれば動くため、ミュージアムやライブラリの環境と相性がよい。複数ページの紙をつないで一枚の地図にすることもできる [UC-011 §古地図の位置合わせ手法とソフトウェア]。古地図のジオレファレンスにIIIFを活用する際の具体的な構成については「画像の流通基盤」を参照。

Maplat はインタラクティブな一点合わせに近い方式を採り、古地図やイラストマップ・路線図のように絵のように描かれた空間表現を扱う。位置関係が逆転しないよう同相変換を行い、三角形への分割と線の変換によってもとの線が保たれるようにしている [UC-011 §古地図の位置合わせ手法とソフトウェア]。

Georeferencer はデイビッド・ラムジーの地図コレクションに付随するサービスで、ブラウザ上で点を打って合わせるほか、三次元的な重ね合わせもできる [UC-011 §古地図の位置合わせ手法とソフトウェア]。

乾隆京城全図の大規模な幾何補正では、GCPに加えて線を線に対応づける新しい方法も開発された。北京城内の碁盤目状の道に対応するため、直線が直線として保たれる数学的な変換が必要になるという、対象固有の事情が手法の開発を促した例である [UC-011 §北京・乾隆京城全図の大規模幾何補正]。

公開されている成果物

ジオレファレンスの成果は、いくつかのデータセットとサービスとして公開されている。

江戸マップ は江戸切絵図29枚から地名8,788件(記事によって8,719件とも表記される)を抽出してデータベース化したもので、各地名に現代の位置が対応づけられている [UC-011 §地名の抽出とIIIFによる注釈, UC-012 §江戸マップデータセット, UC-033 §地図のデータセットと古地図の活用]。この地図は現代風デザインの歴史地図れきちず(株式会社MIERUNE運営、CC BY-NC-ND)と重ねて利用できる。過去の地図の上に過去の情報を載せることで解釈が容易になり、たとえば海岸線沿いの地名が現代地図では陸上に乗って意味が取りにくいのに対し、当時の海岸線を背景にすると正しく読める [UC-012 §江戸マップデータセット]。

江戸末期海岸線/水域データセット および江戸末期湖沼データセット は、複数資料を基に人手で構築しGeoJSON形式で公開したものである。海岸線は江戸時代と現在で大きく異なり、資料に登場する人物が海沿いを歩いたかどうかの判断にも関わる。資料に情報がそろっているわけではないため、複数の資料を組み合わせ、不足部分を推定しながらの作業になる [UC-033 §地図のデータセットと古地図の活用]。

ディジタル・シルクロード プロジェクトでは、シルクロード地域の資料を集めてデータベース化し、古地図についても位置合わせと誤差の分析が行われた。マッピニングによる誤差の可視化もその成果の一部である [UC-011 §ディジタル・シルクロードの古地図を読み直す]。

乾隆京城全図 のデジタル化・公開もディジタル・シルクロードの成果であり、約290億ピクセルの大規模地図のジオレファレンスが行われた [UC-011 §北京・乾隆京城全図の大規模幾何補正, UC-016 §地図と組み合わせた過去の景観の再現]。