1. はじめに
本講演は、国立情報学研究所・総合研究大学院大学の北本朝展氏による、歴史GIS(Historical GIS、歴史的な地理情報システム)をテーマとした講演です。過去に作られた記録、とりわけ古地図を対象として、歴史的な地理情報をどのように機械可読なデータへ変換し、現代の地図上で活用するかが論じられます。江戸時代の江戸(東京)と、シルクロード地域という二つの対象を例に、地名の抽出、古地図の位置合わせ(ジオレファレンス)、複数資料の間での場所の同定といった具体的な作業の流れが紹介されます。古地図や歴史資料をデータとして扱う方法に関心のある方に役立つ内容です。
2. 「歴史ビッグデータ」という課題
過去のデータは現代のように測定で集めることができないため、本や記録に書き残されたものから取り出して使う必要があります。これが歴史ビッグデータの出発点です。日本にはさまざまな分野の書物が大量に残されており、写本のように複製されたものから、手紙や記録のような一点ものまで含めて、江戸時代のものだけで数十億点規模とも言われる膨大な数が残ります。
こうした記録からは多様なデータが取り出せます。日記からは過去の天気が、被害の記録からは地震や噴火の様子が、感染症の記録からは天然痘などの広がり方が分かります。経済では米相場の値段、社会では村ごとの人口、政治では人事の動きなど、文化に関わる多くの事柄も記録されています。膨大なこれらの記録をコンピューターで扱うには、機械可読データ(マシンリーダブルデータ)にする必要があり、その鍵となるのがデータ構造化です。データに構造を与えるとは、たとえばCSVのような表形式のデータや、XML・JSONといった形式にすることを指し、構造化されてはじめてさまざまなソフトウェアで分析できるようになります。現代でも自然言語処理によって構造化データを作る研究は数多くありますが、過去の資料では崩し字を読むところから出発しなければならない点が大きく異なります。
このような発想の研究は世界各地で進められています。ヨーロッパのTime Machine Europe(タイムマシン・ヨーロッパ)は「Big Data of the Past(過去のビッグデータ)」を掲げ、機械可読データを作り、AIやシミュレーションによって過去を復元することを目標としています。現代のデータは豊富である一方、過去に遡るほどデータは少なくなりますが、各種の記録を集めて機械可読にしていけば過去のデータも増やせ、さらにシミュレーションで欠けた部分を補えば、未来へも延ばせる——こうして時間を自由に行き来できる情報の基盤をつくろうという構想です。イギリスのLiving with Machines(リビング・ウィズ・マシンズ)は、産業革命が社会と人々の生活に与えた影響を、デジタル化された大量の資料の分析によってとらえ直す研究です。たとえば古地図から鉄道などの地図記号を機械学習で認識し、つなぎ合わせて路線を復元したり、OCR(文字認識)で地名を取り出したりと、人手では追いつかない量の分析をAIでスケールさせる試み(MapReader など)が行われています。こうした分析を日本についても進めたい、というのが本講演の問題意識です。
3. 「どこ」を特定する——情報空間・地理空間・つなぐ空間
歴史データの分析では、いわゆる5W1Hのなかでも特に「どこ」が重要になります。空間のデータは「どこ」が定まらなければ分析できないからです。「どこ」を特定する経路は二通りあり、一つは文章中に出てくる地名を取り出してその位置を特定する経路、もう一つは地図そのものを分析し、画像上の位置から実世界の場所を割り出す経路です。
この仕組みは三つの構成要素からとらえられます。地理空間(Geographic space)は、点やポリゴン、ピクセルといった幾何学的な構造を持ち、地球上の場所に対応する地図のデータです。情報空間(Information space)は、ある場所に関する資料・画像・説明文など、その場所がどのような場所かを伝えるメディアのデータです。そして両者をつなぐのがつなぐ空間(Connecting space)で、座標(地図側)と識別子(資料側)を併せ持つ地名(トポニム)がその役割を担います。緯度経度として直接表現される場合はそのまま対応づきますが、そうでない場合は、たとえば「東京」という地名を媒介として、資料中の記述を地図上の座標へと変換し、その上で分析を行うことになります。
4. 江戸切絵図を現代地図に重ねる——地名抽出とジオレファレンス
江戸時代は、1603年(あるいは1600年)から1868年まで、徳川幕府が約300の大名を従えて統治した時代です。この時代には江戸切絵図と呼ばれる江戸の分割地図が数多く作られました。たとえば今の銀座あたりの図では、黄色い部分が道路、区画は商人などが住む町家、青色が堀を表しています。当時の文献には「何々町の店に行った」と書かれていても、その町名の多くは現在残っておらず、現代の地図では見つかりません。古地図を使えるようにすることで、こうした地名と現代の位置とを結びつけられます。江戸切絵図は全29枚で東京全体を覆っており、これらをどう活用するかが課題となります。
地名の抽出とIIIFによる注釈
最初の作業は、地図の中から地名を取り出すことです。江戸切絵図は国立国会図書館デジタルコレクションで無料公開されており、誰でも利用できます。この画像に対して、地名がどこに何と書かれているかを翻刻し、テキストとして記録していきます。
画像はIIIF(International Image Interoperability Framework)という形式で公開されています。北本氏はIIIFを「WebでいうHTMLのようなもの」と説明します。画像をIIIF形式で公開しておけば、対応する多数のビューワーのどれでも閲覧でき、国立国会図書館に限らず、他の図書館や博物館の資料も同じビューワーで見られます。世界各国のミュージアムやライブラリがこの形式で画像を公開しており、事実上の標準となっています。CODHが開発するIIIF Curation Viewerを用いると、地図上の各地点にマーカーを立て、そこに書かれた地名を記録できます。マーカーをクリックすると地名が表示され、ここまでが第一段階です。
ジオレファレンスによる位置合わせ
しかし、過去の地図には「北が上」というルールがなく、さまざまな向きで描かれているうえ、距離も正確に測られていないため多少歪んでいます。そこで用いるのがジオレファレンスです。GCP(Ground Control Point、基準点)と呼ばれる対応点を、古地図と現代地図の間で打っていきます。たとえば桜田門どうし、あるいは堀が曲がる特徴的な地点どうしを対応づけ、対応点が互いにできるだけ近づくように幾何学的な変換を行います。その結果、地図は回転し、距離の合わない部分は歪めて合わせられます。かつての堀が今は道路になっている外堀通りのように、対応物が変化している場合は現在の地物を探して合わせます。江戸切絵図ではこの位置合わせに日本版Map Warperを用いています。
合わせた地図をGoogle Earth上に重ねると、当時の都市構造が現代に与えた影響がよく分かります。今の皇居前広場や丸の内一帯はかつて大名屋敷が建ち並んでいた場所で、明治維新で空いた広い土地にビルが建てられたために、まとまった敷地のオフィス街ができました。東京駅脇の外堀通りはかつての堀で、第二次世界大戦後に埋め立てられて通りになっています。
歪みの大きい地図への対応
29枚のうち後の方の図は位置合わせが難しくなります。特に最後の方は地図というよりほとんど絵で、売り物として有名観光地を枠内に押し込むために距離も方向も大きく崩れており、「この道を行けば観光地に着く」という情報だけが保たれています。そこで、まず地図から取り出した地名の点をジオレファレンスでおおよその位置に合わせたうえで、一点一点を現代地図と見比べながら正確な位置へ動かしていきます。たとえば現在の上野駅周辺を見ると、鉄道路線が通るあたりにかつて多くの寺があり、それらが現在は失われていることなどが見えてきます。こうした作業を全枚に対して行うことで、全29枚から合計8,719件の地名が抽出され、各地点の現代位置が推定されました。
5. 江戸の地理空間データとその活用
地名抽出と位置合わせの成果は、複数のデータベースや地図サービスとして公開され、文献資料の情報を重ね合わせることで江戸の都市空間を読み解く基盤になっています。
江戸マップとれきちず
これらの作業を経て構築されたのが江戸マップです。商人や一般の人が住んでいた場所、武士が住んでいた場所、寺院などが色分けされ、東側に人口が集中していたことや、寺が江戸の周囲を取り巻くように分布していたことが読み取れます。
これを現代風のデザインで表現したのがれきちずで、株式会社MIERUNEと加藤創氏によって開発されています(ライセンスはCC BY-NC-ND)。一見Googleマップのように扱えますが、表示される情報は江戸時代のものです。地名だけでなく、堀や海岸線・河川も江戸時代の状態が再現されており、たとえば今は陸地に取り込まれた佃島がかつては島であったことや、東海道が海沿いを走っていたことが分かります。過去の地図の上に過去の情報を載せると解釈が容易になり、たとえば蔦屋重三郎が店を構えた場所が当時は街道沿いにあったことなども、現代の地図で見るより自然に理解できます。れきちずの上に江戸時代の商店の分布を載せると、銀座・京橋・日本橋といった東側に店が多く、農村だった渋谷・新宿のあたりにはほとんど店がなかったことが見て取れます。
文献から地図上の情報を集める
地図に載せる情報は、文献資料から集めます。江戸観光案内は、旅行ガイドが数多く出版されていた江戸時代の資料を扱うもので、IIIF Curation Viewerで挿絵部分を切り出し、翻刻によってメタデータを付け、GeoLODなどの識別子を割り当てています(世紀ごとに二点ずつの旅行案内を選定)。挿絵に取り上げられた場所をたどると、当時の人気観光地が見えてきます。江戸買物案内は1824年刊行の広告本を扱い、商人の名前と住所を取り出しています。これは多く払えば掲載スペースが大きくなる広告本であり、現代の日本標準産業分類(2013年)に対応づけて業種を分類しています。たとえば瀬戸物町の醤油酢問屋を、住所を手がかりに江戸マップ上に表示できます。業種別の店舗数では薬(医薬品)が最多で205件、ついで金物175件、日用品130件、菓子116件、料理店102件、化粧品92件、玩具88件、穀物83件と続き、さらに薬の卸・たばこ・呉服・乾物・版元・履物などが並びます。広告を出せたのは商売がうまくいき、広告費を払える店であった点には注意が必要ですが、当時どのような業種が盛んだったかをうかがわせます。
地図の土台をつくる——海岸線と伊能図
地図を作るうえで最低限必要なのは、海岸線や湖岸線などの水域との境界線、道、そして地名です。たとえば大阪では江戸時代の海岸線が現在と大きく異なり、海沿いだったかどうかを正しく解釈するには当時の海岸線が欠かせません。海岸線の復元には伊能図を基礎として用いています。作者の伊能忠敬は49歳まで商売を営み、隠居後の50歳で江戸に出て暦学・天文を学び、1800年から1816年にかけて日本初の実測による全国測量を行いました。距離と方位を測ったため正確とされ、没後の1821年に幕府の手で大日本沿海輿地全図として完成しました。もともと忠敬は地球の大きさ(緯度1度が何kmか)を知ろうとして長い距離を測ったとされ、その結果は今日知られる値に近かったと言われます。ただし測量したのは海沿いが中心で内陸は調査しておらず、測量した部分にもずれが見られます。そのため、岬の地点や、村と街道の屈曲といった特徴を現代地図と対応づけて位置を合わせ、江戸時代の海岸線の推定に用いています。
6. 古地図の位置合わせ手法とソフトウェア
古地図と現代地図を重ねる手法には大きく二つの方向があり、それぞれに利点と欠点があります。一つは幾何補正(GCPを用いるジオレファレンス)で、複数の対応点から数学的な変換式のパラメータを推定し、対応点以外の点もその式で写します。多くの点の位置は合いますが、形が歪むため、地図上の文字が読めなくなるという問題があります。もう一つはインタラクティブ・ジオレファレンシングで、いま見たい一点だけを合わせ、地図の形は歪めません。その一点の周辺以外はずれますが、形が保たれるので文字も読め、スマートフォンで自分のいる場所を中心に合わせて見るような用途に向きます。全点を合わせるか一点だけを合わせるかという違いであり、紙では難しいこうした切り替えもデジタルでは容易に行えます。
これらを実現するソフトウェア・サービスには次のようなものがあります。日本版Map Warperは立命館大学が公開するサービスで、画像をアップロードして対応点を打つと位置合わせができ、OpenStreetMapを土台に多くの人が地図を持ち寄って合わせられます(江戸切絵図でも使用)。Georeferencerは地図収集家デイビッド・ラムジー氏のコレクションに付随する仕組みで、ブラウザ上で点を打って合わせるほか、三次元的な重ね合わせもできます。AllmapsはIIIFに対応し、IIIFで公開された地図を取り込んで位置合わせするもので、複雑なGISの基盤やXYZ形式のタイル生成を必要とせず、IIIFサーバーさえあれば動きます。複数ページの紙をつないで一枚の地図にすることもでき、ミュージアムやライブラリの環境と相性のよいやり方です。Maplatは一点合わせ(インタラクティブな方式)に近く、古地図やイラストマップ、路線図のように絵のように描かれた空間表現を扱います。位置関係が逆転しないよう同相変換を行い、三角形に分割したり、線を線に変換したりして、もとの線が保たれるようにしています。
7. ディジタル・シルクロードの古地図を読み直す
日本とはまったく異なる地域の例として、シルクロードの古地図を取り上げます。ここでは地図の精度や資料間の食い違いといった、古地図に固有の難しさが正面から問われます。
ディジタル・シルクロード・プロジェクトと資料
ディジタル・シルクロード(Digital Silk Road)は、シルクロード地域の資料を集めてデータベース化し、公開するプロジェクトで、2001年から続いています。情報学と人文学の協働によるデジタル・ヒューマニティーズの研究であり、その一環である東洋文庫貴重書アーカイブでは、シルクロード地域の調査報告書など245冊・7万2591ページをデジタル化し、キャプションや目次を手入力するとともに、(誤りを含みつつも)全文検索のためのOCRを行っています。シルクロードはローマから長安(西安)、さらに奈良までを結ぶ東西交通路で、その名はドイツ人による命名に由来します。1900年頃には、あまり知られていない地域であったことや、強い政府のない政治的空白地帯であったことから、イギリス・ロシア・中国・ドイツ・アメリカなど利害を持つ国々が多くの調査を行い、大量の地図・遺物・写真(高精細なガラス乾板を含む)が残されました。持ち帰られた遺物の多くは欧州の博物館に所蔵されており(現在の中国はこれらを盗まれたものとみなすことがあります)、地図には軍事的な価値もあったとされます。とりわけ精度の高い調査で知られるオーレル・スタイン(Aurel Stein)は、東西におよそ2000kmから3000kmにわたる広大な範囲を、伊能忠敬と同様に歩きながら距離を測って地図化したとみられ、その地図は現在も遺跡研究の貴重な資料となっています。
「消えた遺跡」問題と経度の誤差
スタインの地図には緯度経度の線が描かれているため、各遺跡の緯度経度は線からの距離の比例配分で算出できます。ところが、その緯度経度の地点にGPSを頼りに行っても遺跡が見当たらない、という問題がありました。砂漠で目印もないため、かつては「100年以上の間に風化したり、現地の人がレンガを持ち去ったりして遺跡が失われたのだ」と考えられていました。しかし真の原因は、地図に書かれた緯度経度の線そのものがずれていたことにありました。誤差は場所によって数十kmに及び、向きもさまざまでしたが、特に経度方向で大きく、これは1900年頃の測量技術の限界によるものです。緯度は太陽や星の高さから測れますが、経度はロンドンのグリニッジとの時差から求めるため、正確な時計が欠かせません。砂漠は温度差が大きく乾燥しており、時計が狂いやすい環境です。時刻合わせができる大きな都市の付近では精度が保たれる一方、都市から離れるほど誤差が蓄積していました。なお、この時代は無線電信が使えるようになる直前であり、のちの世代であればグリニッジの時報を無線で受信して時計を同期できたはずですが、当時の砂漠ではそれもかないませんでした。この誤差を示すために、一点だけ合わせるソフトウェアマッピニング(Map+Pinning)を開発しました。地点を選ぶと背景地図が動いてそこだけが合い、たとえば「この地点は約5.6kmずれている」といった誤差が表示されます。ずれの大きいものは20〜30kmに及び、それぞれの向きへずらして合わせると正しい位置に遺跡が見つかります。遺跡は消えたのではなく、地図がずれていたために見つからなかったのです。
地名・写真・地形による遺跡の同定
スタインが付けた遺跡名と現代の中国名はまったく異なる場合があります。対応関係を知らずに独立して命名されたことに加え、ウイグル語など現地の地名が中国名に置き換えられた経緯もあるためです。したがって名前だけでは資料間の対応がつかず、場所や地形を併せて照合する必要があります。証拠としては写真も有効で、かつて撮られた写真と現地で撮った写真の山の稜線などを照らし合わせると、過去の写真の撮影地点が特定でき、その緯度経度から場所が確定します(こうした位置合わせにはCODHが開発したアプリメモリーグラフが使われます)。こうして場所と写真の両面から証拠がそろえば、たとえば現在「烏江不拉克仏塔」と呼ばれる場所が、スタインが「Murtuk Ruins」と名づけたものと同一だと分かります。文書中の名前と別の文書中の名前を直接突き合わせるのではなく、地理的・視覚的な資料を経由して一致を示す方法を我々は「場寄せ」と名付けましたが、これは歴史研究の新しいやり方と言えます。なお、ある資料の「遺跡」と別の資料の「遺跡」とでは指し示す範囲が違うという概念化(コンセプチュアライゼーション)の問題もあり、複数を一つと見なすか個別に見るかは資料によって異なるため、対応づけには注意が必要です。
信頼できない地図をトポロジカルに読む
スタインと同じ地域を調査したグリュンヴェーデル(Grünwedel)の地図は、スタインの地図に比べていかにも不正確です。しかしこの地図には、調査した遺跡や、そこから出土した壁画・壺などの遺物がひも付けて記されており、情報としては貴重です。正確だが情報の一部が欠けている地図と、不正確だが情報が紐づいている地図が別々に存在するという悩ましい状況のなかで、不正確な地図をどう使うかが問われます。手がかりとなるのがトポロジカルマップ(位相的な地図)の考え方です。地下鉄路線図のように、距離や方位は正しくなくても、接続関係(どの駅で乗り換えるか)さえ保たれていればよいという地図があり、江戸切絵図の後半の図もこれに近いものでした。グリュンヴェーデルの地図についても、位置や方位を直接信じるのではなく、描かれた道や壁などの位置関係を正しいものとして読み、写真の位置関係も併用しながら、もっともらしい解釈を組み立てます。こうしてトポロジカルに解釈することで、結果的にほとんどの遺跡を同定でき、使える地図であることが示されました。
北京・乾隆京城全図の大規模幾何補正
清の時代の北京の古地図である乾隆京城全図(Qianlong Map)の例も紹介します。一軒一軒の家まで描き込んだ非常に詳細な地図で、実物は13m×14mと巨大なものです。現在は北京に所蔵されていますが一般には公開されていません。第二次世界大戦中に日本が撮影して印刷した本には203枚に分割した地図が収録されています。これをプロジェクトでデジタル化して公開しましたが、スキャンすると約290億ピクセルにもなります。位置合わせ(ジオレファレンス)はGCPに加え、線を線に対応づける新しい方法も開発しました。北京の城内は碁盤目状の道であるため、直線が直線として保たれるような数学的な変換が必要になります。作業の過程で、いくつかの問題が判明します。GCPを取ろうとしても合わない箇所があり、寺院の位置などを手がかりに調べると、5枚のシートで配置が入れ替わっていることが分かりました。一枚の中で左右が逆転しているものもあり、これは撮影時のミスや、傷んだ地図を修復する際の取り違えによるものと考えられます。入れ替えを正すと寺院が正しい位置に来て解釈できるようになり、「ただつなげればよい」のではなく、正しくつながるかを確認しなければならないことが教訓となりました。
8. まとめ——不確かさと向き合う歴史GIS
古地図と一口に言っても、測量していない絵図のようなものから、測量はしているが不正確なものまで、精度はさまざまです。絵図はそもそも合わせにくく一点ずつ合わせる必要があり、乾隆京城全図や伊能図、スタインの地図のように測量済みでも多少のずれがあるため、精度を見極めて使う必要があります。ある程度の精度のある測量地図であれば、GCPを用いたジオレファレンスでかなり位置合わせができ、どのピクセルが現代のどこに対応するかが分かるので活用できます。一方、歪みの大きい地図は幾何変換すると可読性が大きく下がるため、歪めずに一点だけ合わせるインタラクティブな方法が有効です。点データについては、ジオレファレンスはあくまで出発点であり、現代地図との比較や現地調査を重ねて精度を高めていきます。
ソフトウェア科学は、こうした歴史GISにも役立ちますが、対象に特有の事情があると既存のソフトウェアでは扱えず、自ら作らなければならないこともあります。過去の世界は現代まで残された記録から復元するほかなく、不確かさや曖昧さとの戦いになります。過去のビッグデータは現代のビッグデータと共通する部分もありますが、現代ならセンサーで測ればそのまま構造化データになるのに対し、過去のデータは構造化するだけでも多くの段階を要する点が大きく異なります。それでも構造化データになれば、現代のアルゴリズムで分析できる可能性が開けます。そして、こうした研究は情報学だけでは成り立たず、人文学との協働、すなわちデジタル・ヒューマニティーズによって新しい知識が得られることが期待されます。手作業では「行ってみたら遺跡がない」と取り違えていたものが、デジタルに地図を合わせれば「地図がずれているだけで遺跡はそこにある」と分かるように、デジタル技術は新たな解釈の道を開きます。
ただし、記録が極端に少ない対象には限界もあります。講演後の質疑では邪馬台国の位置が話題になりましたが、これほど古い対象では十分なデータがなく、新たな文字記録が見つかる可能性も乏しいため、考古学による発見に期待するほかなく、現状では決め手を欠くと整理されました。記録が少なすぎると、エビデンスを重ねても決着がつきにくいのです。逆に現代に近づくほど、各種の記録から得られるデータは増えていき、データに基づいて言えることが増えていきます。
講演情報
- 講演日:2025-12-16
- 講演者:北本朝展(国立情報学研究所・総合研究大学院大学)
9. 関連リンク
- 「歴史ビッグデータ」プロジェクト | ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター
- Time Machine Europe
- Living with Machines
- MapReader(GitHub)
- Edo period - Wikipedia
- 江戸マップ:江戸切絵図を活用した地名と地理のデータベース
- れきちず
- 蔦屋重三郎(蔦重)の足跡をたどる - 特集 | edomi
- マップ(れきちず版) | edomi - 江戸をみる/みせるデータポータル
- 江戸観光案内
- 江戸買物案内
- 日本版 Map Warper
- David Rumsey Historical Map Collection | Georeferencer
- Allmaps
- Maplat(GitHub)
- ディジタル・シルクロード - 文化遺産のデジタルアーカイブ
- 『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ - ディジタル・シルクロード
- 地図で探るシルクロード - ディジタル・シルクロード
- マッピニング(シルクロード遺跡データベース)
この記事は、講演記録を基に生成AIを利用して作成したユースケース記事です。