はじめに

本講演は、ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)・国立情報学研究所の北本朝展氏が、歴史的な地理・地名・地誌の情報を統合する「歴史的空間情報基盤」のこれまでの取り組みと現状をオンラインで報告したものです。歴史ビッグデータ研究の文脈で空間情報をどう扱うかという考え方を示し、CODHが構築してきた多数のデータセットと、地名を処理するソフトウェア・サービスを一覧的に紹介しています。歴史地理情報やデジタルヒューマニティーズに関心のある研究者・アーキビストにとって、過去の空間情報を機械可読化し統合する具体的な手法を知る参考となる内容です。

歴史ビッグデータと歴史的空間情報基盤の位置づけ

歴史的空間情報基盤の取り組みは、歴史的資料から情報を抽出して機械で分析する「歴史ビッグデータ」研究の一環として位置づけられます。北本氏が紹介するこの活動は、文部科学省「人文学・社会科学のDX化に向けた研究開発推進事業」のもとで2024年12月から進む DiHuCo(DHコンソーシアム) において、CODHが地図・地誌類領域の人文DXを担当する形で行われています。「歴史ビッグデータ」プロジェクト では、歴史的資料に記録された自然科学的データ(気候・地震・噴火・疫病など)と人文社会的データ(経済・人口・政治・文化など)をデータ構造化し、機械可読データとして分析します。この分析において「どこ」という位置情報は重要であり、空間情報を扱う取り組みはこの基盤の一部にあたります。

地図・地名・地誌——空間情報を扱う三つの単位

資料を構造化する際は、文章の内容を表す「文書空間」(マークアップテキストなど)と、実世界の事物を表す「実体空間」(リンクトデータや表形式データ)を構造化し、両者をつなぐことで実世界の側で分析できるようにします。歴史的空間情報基盤では、空間情報を地図(地理空間)・地名・地誌(情報空間)の三つの単位に分けて扱います。地理空間は地図に相当し、ポイントやポリゴンなどの幾何的データです。情報空間(地誌)はテキストや画像などのメディアデータで、その場所に何があるかが記述されたものです。両者をつなぐのが地名で、文字列としてのテキストと、緯度経度のような地理情報の両方をメタデータに含むエンティティと考えられます。

各単位にデータセットとソフトウェア・サービスがあり、合わせて六つの課題領域が生まれます。現代の空間情報基盤は地図など整備済みのものも多くありますが、北本氏が取り組むのはこれを過去へ延伸することです。過去に遡るほど未整備で、データは時期や地域ごとに断片的になります。これを接続して統合化することが基盤構築の課題です。

識別子と属性によるデータ構築の基本方針

断片的な過去の空間情報を統合する基本方針は、エンティティに識別子(ID)を付与し、属性を紐づけることです。北本氏は以降の各プロジェクトに共通する考え方として、この方針を示しています。識別子の付与では、エンティティを定義して固有のIDを与えますが、表記揺れなどがあるため、何を同じエンティティとみなすかの基準が重要になります。属性の付与では、空間データセットで特に重要な位置情報のほか、名称の表記揺れや粒度の吸収、名称の選択・読み・基本統計などを与えます。こうして識別子と属性の組をデータセット化し、実世界との紐づけとデータ統合に利用します。

既存データセットの活用と過去データの課題

基盤構築では既存の公開データセットを再利用しており、その代表が歴史地名マップと旧国・旧郡境界データセットです。歴史地名マップ は、人間文化研究機構・H-GIS研究会が公開する「歴史地名データ」298,914件を活用したもので、うち明治〜昭和期の地図から抽出した地名が全体の8割以上を占めます。CODHはこれをバイナリベクトルタイルに変換し、多数の地点を1枚のウェブ地図に表示しています。旧国・旧郡境界データセット は、人間文化研究機構が公開する「幕末明治地勢地図境界データ」を利用したものですが、明治期と江戸期で国・郡の分け方が異なるため、江戸・明治の実情に合わせてCODH側で新たにIDを付与し直しています。

一方、過去データの再利用には課題もあります。北本氏は、技術的制約のある時代に作られ現代の基準では精度や統合に問題がある場合があること、データセットが公開されてもサービス展開・プラットフォーム化に至らなかったこと、修正手順が確立されておらず誤りの指摘に対応しにくいこと、紙資料のデジタル化・翻刻(OCR)で誤りが混入することの四点を挙げています。

『日本歴史地名大系』地名項目データセットとオープン・クローズ戦略

独自に構築したデータセットの一つが、平凡社『日本歴史地名大系』の地名項目に位置情報を加えて機械可読化した 『日本歴史地名大系』地名項目データセット です。江戸時代の村まで遡る80,502件の地名データをCC BYライセンスで公開しており、出版社が有する優れたデータをオープン化した意義があります。ジャパンナレッジ上の見出し語(たとえば「筆甫村」)をオープンデータ化し、緯度経度をCODHが独自に付与しています。

ここで採られているのがオープン・クローズ戦略です。ID・地名・読み・位置情報は事実に関する情報=書き手に依存しないデータとしてオープン化し(CODHから公開)、地名の記述は解釈に関する情報=書き手に依存するデータとしてクローズドにしています(ジャパンナレッジで提供)。これにより、事実情報と解釈情報を切り分けています。

歴史的行政区域データセット——市区町村IDの付与

市区町村を単位とするデータセットとして、国土数値情報などを統合した 歴史的行政区域データセットβ版 を構築しています。国土交通省の国土数値情報を単に使うのではなく、時期の異なる市区町村どうしを「同じもの」として統合し、使いやすくしたものです。たとえば八王子市にはID「13201A1968」を付与し、合併で範囲が変わっても概念としての八王子市を一つに統合します。江戸から「東京府東京市(15区)」「同(35区)」「東京都特別区部(23区)」へと変遷するなかで、同じものは同じ、違うものは違うと区別してIDを付与しています。

現状は1920年以降の市区町村に網羅的なIDを付与し、合計16,729件です。課題は、1919年から1889年(市制及び町村制の成立年)への遡及と、明治から江戸への遡及です。1889〜2006年は行政界変遷データベース(行政界変遷DB)が使えますが、誤りが多く部分的な利用を想定しています。これらに『日本歴史地名大系』地名項目データセットなどを組み合わせ、江戸から現代までの統合市区町村IDの付与を目指しています。

江戸時代の村のデータセット——統合の試みと課題

江戸時代の村については、『日本歴史地名大系』の村情報と幕末期の村領域データを組み合わせ、村にIDを付与する作業を進めています。幕末期近世村領域データセット は、本田謙一氏が作成した幕末期近世村66,581件の領域データと点データを用いたものです。境界には現代の農業集落境界データを用いるため過去とは多少異なりますが、おおよその村の範囲が分かります。石高は旧高旧領取調帳データベース(歴博)を用い、さらにみんなで翻刻による天保郷帳翻刻データ(天保期の石高データ、地理情報なし)も組み合わせる予定です。

これらを統合したのが 江戸近世村統合データセット です。『日本歴史地名大系』データ80,502件と幕末期近世村データ66,581件を名称の一致で照合すると、約56,000件が同じ村を指すと分かりました。一致しない例には、一方では1村が他方では東西2村に分かれる粒度の相違や、表記揺れとは思えないほど村名が異なる場合があります。表記揺れの一因にはOCR誤りもあり、どれが正しいかを一つ一つ確認するのは大変な作業になりそうだと北本氏は述べています。

藩IDデータセット——識別子の付与と研究動向の可視化

より広い範囲の単位として、江戸・明治時代の藩に識別子を付与した 藩IDデータセット を構築し、408藩にIDと別名を定義しました。藩は江戸時代には正式に定義されておらず明治以降に使われた語で、公式リストがないため総数の確定は難しく、厳密な定義は歴史研究そのものになるため扱っていません。『藩史大事典』などを比較して統合・分離を検討し、対象は寛文4年(1664)から明治4年(1871)に存在した藩としています。呼称も公式の定義がなく文献によってばらつくため(「薩摩藩」と「鹿児島藩」、地名と家名のどちらを使うか、同名の松山藩が出羽・伊予・備中に3つあるなど)、J-STAGEの論文数やWikipediaの用例も参照して決めています。

位置は居城・陣屋を代表点として付与し、領域は幕末期近世村データの領分(旧高旧領取調帳由来)で可視化できます。これにより、加賀藩や尾張藩の領分は大まかには2つの地域に分かれており、熊本藩には飛び地が多いなど、藩が一塊ではなく複雑な境界を持つことが分かります。研究動向は注目スコアとして定義し、藩名と別名をORでつないでJ-STAGEの論文数を検索し(同名藩は比例配分)、最大の薩摩藩を100に正規化しています。

藩IDの導入で表記揺れへの対応が容易になり、武鑑や居城地・江戸マップなどにも導入しています。一方、藩と大名家は一対一ではなく(江戸時代は藩ではなく大名家が主だった)、藩IDとは別に大名家IDが必要で、これは空間情報というより人物情報になります。当主交代などのイベントをIDで扱うにはより複雑な体系が必要だと北本氏は述べています。

江戸マップ——古地図のデータベース化とジオリファレンス

江戸マップ は、29枚の古地図『江戸切絵図』から8,788か所の地名を抽出してデータベース化した取り組みです。現代では失われ、現代の地図では分からない小さな町が古地図には記録されています。課題はジオリファレンス(位置合わせ)で、古地図は緯度経度などの座標系に基づき描かれていないため位置合わせが必要です。国立国会図書館が公開する『江戸切絵図』を立命館大学の日本版Map Warperで位置合わせし、GCP(対応する点)を双方から拾って地図を変形します。これにより、現在の皇居あたりに江戸城があり、丸の内が大名屋敷、外堀通りがかつて堀だったことなどが分かります。

ただしジオリファレンスは歪みの大きい地図への適用が困難です。誤差が大きすぎるため、地名を一点ずつ正確な位置へ手作業で動かしました。この結果、大名屋敷・町人地・寺院の分布という江戸の全体像を初めて可視化できました。

史料と実世界の紐づけ——固有表現認識と被害可視化

構築した地名データを使い、史料の記述を実世界の地図に紐づける処理を行っています。可視化の基盤地図には、株式会社MIERUNEが運営する現代風デザインのウェブ歴史マップ れきちず(CC BY-NC-ND)を用いており、北海道を除く日本全国をシームレスに表示し、ひらがな・英語表示にも対応します。

史料の文章から地名を認識する処理が固有表現認識、その地名がどこを指すかを特定する処理が曖昧性解消です。たとえば「宇田川丁」が江戸マップID「4-358」の宇田川町だと分かれば、IDから緯度経度を得て地図に可視化できます。具体的な応用例が安政江戸地震の被害可視化です。安政江戸地震は安政2年10月2日(1855年11月11日)午後10時頃に発生し、江戸市中の死者数は1万人前後とされます。橋本雄太氏が取り組むみんなで注釈【安政江戸地震史料】プロジェクトで地名にマークアップしたものをAPI経由で取得し、GeoLOD IDを付与してれきちず上に可視化することで、建物被害や火災被害の分布を史料横断的に集約できます。これは文書空間と地理空間(実体空間)をつなぐ例です。江戸マップの地名からは、29枚をつなげた寺院分布のヒートマップなど都市構造の俯瞰も可能で、同名で現存する寺社が意外と多いことも見えてきます。

江戸の地理空間データと街道・宿場のID化

地名だけでなく、江戸時代の地理空間そのものを表すデータセットも整備しています。江戸末期海岸線/水域データセットからは明治以降に埋め立てられた部分が、江戸主要街道データセットからは街道の位置が、「江戸切絵図」町家領域マップからは人々で賑わう地域の分布が読み取れます。いずれもGeoJSON形式のオープンデータとして、複数の資料を参照しながら人手で構築しています。

これらにもIDを付与しようとしています。人々や物資の移動経路をID間のリンクで表現できれば、構造化の効率化に寄与するためです。高速道路ナンバリング(道=line)や駅ナンバリング(駅=point)に倣い、街道ナンバリング(五街道=R001〜R005、地域の主要街道にR1XX〜R9XX)や宿場ナンバリング(東海道最初の品川宿=R001-001)を行います。

地名情報処理のサービス群——GeoNLP・ジオコーダー・GeoLOD

地名を扱うソフトウェア・サービスとして、GeoLOD・歴史的ジオコーダー・GeoNLPを開発・提供しています。GeoLOD は、地名データセットを登録すると地名ID(GeoLOD ID)を付与するウェブサービスで、属性表示や検索、オンラインでの地名辞書構築に対応します。最近の機能として、UberのH3インデックスを使い六角形に対してIDを付与する曖昧な位置情報への対応があり、ID自体で曖昧さのレベルを指定できるため、おおよその位置しか分からない歴史地名に有用です。江戸マップや歴史地名データ、『日本歴史地名大系』などのデータセットを登録・統合しています。

歴史的ジオコーダー は、現代の住所を緯度経度に変換するPython版ジオコーダー Jageocoder(情報試作室の相良毅氏が開発)を利用したもので、旧東京市15区住所データセットなどを使えば過去の住所も変換できます。GeoNLP は、テキストから地名を抽出して曖昧性を解消し地図化するPython版OSSですが、現状は現代日本語にしか対応しておらず、過去の日本語への対応が今後の課題です。

歴史的空間情報基盤の課題と今後の展望

北本氏は、残された課題として国際的な相互運用性やデータ再利用などを挙げ、生成AIとの接続を今後の大きな課題に位置づけています。論文中の地名すべてに識別子を埋め込めば、ある地名に紐づく論文を横断検索でき、同名地名の区別も可能になります。国際的な相互運用性については、地理空間・地名・情報空間のいずれも World Historical GazetteerORBIS のような国際的な活動との比較が必要だとしています。

データ再利用では、既存のデータ資産を適切なライセンスで再利用し、過去の知的成果を継承することが重要で、別プロジェクトで埋もれていた旧東京市15区住所データセットを利用許諾を得て再整備した例があります。一方、筑波大学で構築された行政界変遷データベースのように精度の問題でそのまま使えない例もあり、データレスキューの意義を述べています。さらに、民間企業データのWin-Winなオープン化や、地域の専門家の知を取り込む市民参加も課題です。北本氏は、生成AIに歴史的空間情報をどう取り込み、その基盤をどう作るかが今後の大きな課題であり、新しい仕組みづくりが自身にとって最大の課題だと締めくくっています。

講演情報

  • 講演日:2026-02-02
  • 講演者:北本朝展(ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)・国立情報学研究所)

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この記事は、講演記録を基に生成AIを利用して作成したユースケース記事です。