識別子を振るとは、対象となるまとまり(エンティティ)を列挙して番号や文字列を割り当て、同じ識別子を持つものは同じもの、違う識別子を持つものは違うものとみなすことである [UC-044 §歴史ビッグデータの作り方と使い方]。識別子と属性の組をデータセットにして、実世界との紐づけとデータ統合に使うという考え方の土台でもある [UC-013 §識別子と属性によるデータ構築の基本方針]。ここでは、何に識別子を振るか、どう設計するか、永続的な参照をどう担保するかを、記事に現れた事例から整理する。
何に識別子を振るか
事例では、識別子は資料そのものではなく、資料の中に繰り返し現れる単位に与えられている。江戸・明治時代の藩には識別子と別名が定義され [UC-012 §藩IDデータセット]、市区町村には、公式のコードがない1889年から1968年の期間を含めて、複数のデータセットを統合した一意の識別子が付与された。各識別子は代表点と時期ごとの境界を属性に持つ [UC-010 §歴史的行政区域データセット]。
道と点にも識別子が振られている。人や物資の移動を「あるIDから別のIDへ」という識別子間の経路で表せれば、構造化を効率化できるという発想である [UC-012 §江戸期地理データセット]。
識別子を振る利点として、複数の資料で表記が揺れていた名称を識別子で結合・統合でき、他データとの連携が大幅に容易になったことが報告されている [UC-012 §藩IDデータセット]。別名をひとまとめにしておけば、別名をOR検索でつないで対象ごとの研究の多さを調べるといった使い方もできる [UC-044 §藩IDデータセット:何を同じ藩とみなし]。
識別子設計の論点
識別子の設計で最も難しいのは、何を同じエンティティとみなすかの基準である。表記揺れがあるため、この基準が重要になる [UC-013 §識別子と属性によるデータ構築の基本方針]。判断基準は非常に難しいという認識も示されている [UC-044 §歴史ビッグデータの作り方と使い方]。同一性の基準を決めたうえで、代表となる名前と別名も決める必要がある。
識別子の対象どうしが一対一にならない場合は、対応する識別子を別に立てる必要がある [UC-013 §藩IDデータセット——識別子の付与と研究動向の可視化]。対象の状態が変わるイベントを識別子の変更として扱うなら、体系はさらに複雑になる [UC-012 §藩IDデータセット]。
歴史的な単位に固有の同定の難しさと、藩を例にした具体的な決め方は、『時間をもつ空間』を参照されたい。
番号体系を設計する
道や点の識別子では、既存の体系に倣う設計が採られている。道(線)は高速道路ナンバリングに、点は駅ナンバリングに倣う [UC-012 §江戸期地理データセット]。五街道にはR001〜R005を特例として与え、地域ごとの主要街道にはR1XXからR9XXを与える [UC-033 §地名のデータセット:藩・街道・宿場とGeoLOD]。
番号には規則を持たせることもできる。百の位に地方を割り当て(1が北海道、2が東北、3が関東など)、下二桁を基幹街道かどうかで分ける [UC-045 §街道ナンバリング]。たとえば日光御成道はR302で、関東の基幹街道にあたる。基幹街道の基準は地方ごとに異なり、関東は公的な格、東北などは広域の幹線を基準とする [UC-045 §街道ナンバリング]。
宿場は、街道との組み合わせで番号が付く。東海道の品川宿はR001-002で、移動を宿場ID間の経路として表現できる [UC-033 §地名のデータセット:藩・街道・宿場とGeoLOD]。街道を一本ずつ識別できるようにすることは、データを再利用可能にする前提でもある [UC-045 §街道ナンバリング]。街道の同定そのものの難しさは『時間をもつ空間』を参照されたい。
一意に定まらないものの扱い
位置が一意に定まらない場合には、曖昧さを識別子自体に含める方法が試みられている。石川藩の陣屋は候補が複数あり一つに決められないため、Uber H3インデックスの六角形で位置の範囲を指定している。この識別子は場所と六角形の大きさを一つの文字列で同時に指定できるので、識別子自体に曖昧さのレベルが含まれる [UC-033 §地名のデータセット:藩・街道・宿場とGeoLOD]。
識別子を貼り合わせる
識別子はそれだけで完結せず、他のデータセットとの貼り合わせの軸になる。藩の識別子は多くが『日本歴史地名大系』とリンクされ、居城などの情報をたどれる [UC-012 §藩IDデータセット]。代表点や領域の可視化、他のデータとの連携も、識別子を介して進められる [UC-012 §藩IDデータセット]。
永続的な参照をどう担保するか
付与した識別子を登録して共有する基盤として、GeoLODが整備されている。GeoLODは地名データセットに地名IDを付与するシステムで、属性表示や検索をウェブとAPIから利用でき、オンラインで地名辞書を構築・共有する機能も提供する。藩・街道・宿場に付与した識別子はここに登録される [UC-033 §地名のデータセット:藩・街道・宿場とGeoLOD]。識別子を登録する場があれば、それぞれの識別子を、データの出自を離れて指し示せるようになる。
データを業績として引用してもらうこと
データセットを公開するとき、そのデータ自体が参照されるためには、CC-BYのような引用を前提とするライセンスで公開する方法がある。江戸主要街道データセットは、CODHとの共同で作成され、CC-BYで公開されている [UC-045 §CODHとの共同によるオープンデータ化]。ライセンスの選び方そのものは『ライセンスの選び方と権利処理』が扱う。
データの作成側の継続に関しては、オープンデータの作成、サービスの運用、専門家の参加のいずれにも継続的な資金が必要だという指摘がある [UC-033 §ユースケースの共有と今後の課題]。識別子を振って共有することは、データを共同で利用し、更新する仕組みの前提でもある。誤りの混入しやすい大規模な歴史データを相互に比較して修正するためには、共通の識別子が手がかりになる [UC-033 §ユースケースの共有と今後の課題]。ただし、この文脈で識別子の役割が明示的に論じられているわけではなく、ここは本節の読み取りである。