写真を資料として扱うとき、問題は二つに分かれる。写っているものをどう読み解くか、そして、読み解いた結果を撮影によってどう確かめ、積み上げるかである。ここでは、古写真の同定、共時的な写真と通時的な写真の違い、同一構図撮影と参照写真の役割、撮影を支援する仕組みの設計、写真を撮影者のまなざしの記録とみる見方を順に述べる。
古写真の同定:何が写り、どこで撮られたか
古写真を資料として使うには、まず何が写っていて、どこで撮られたかを確定する作業が前提になる。この作業に用いられる手がかりは、事例によって異なる。
撮影場所の同定は、地図との対応づけで進む。北京の古写真の事例では、巨大な古地図の上に写真を置き、写真に写る建物や対象物を地図上の地点と一つずつ対応づけて撮影地点を特定している。建物に見えたものが通りの上に建てられた仮設の建物だったと判明した例もある [UC-016 §地図と組み合わせた過去の景観の再現]。京都の市電写真では、撮影地点を地図上のピンとリンクさせ、現在のストリートビューと並べることで、過去と現在を簡易的に比較できる [UC-005 §京都の鉄道・バス写真データベースの構築]。
シルクロードのトルファンでは、探検隊の古写真と現在の景観を照合して遺跡を同定している。その方法は、古写真・地図・衛星写真・遺構平面図を組み合わせることにある [UC-008 §古写真を用いた遺跡同定の方法論]。古写真は第1次から第4次までの探検で記録として撮られたが、整理メモやキャプション、日記が残っておらず、撮影対象も撮影地も不明で、写真自体も不完全にしか残っていない。出版された書籍に載る写真だけでは数も解像度も足りず、収蔵されている原資料にあたって全体像を調べる必要があった [UC-008 §古写真を用いた遺跡同定の方法論]。国際協力の体制は、別の節「文化遺産と国際協力」が扱う。
同定の個々の場面でも、手がかりの置き方が異なる。勝金口の寺院は写真が多く残っていたため、おおよその場所を予想して近くまで案内してもらってから自分たちで探した。現地は地域の人口が約10倍に増えて一帯がぶどう畑に変わっており、手前では高速道路の工事も進んでいた。次に訪れたときには同じ写真を撮れなくなる可能性が高い状況である。環境が変わった地点でも位置を確定する情報は価値を持つ。所在がわからないために発掘できない遺跡があるからである [UC-008 §遺跡同定の事例]。高昌故城では、ロシア隊の写真がより広い範囲を写していたため、方角の異なるドイツ隊の古写真と照合した。どことどこが対応するかの特定は容易ではなかったが、拡大して壁面の崩れた箇所のような細部を突き合わせれば対応点を見いだせた。そうして得た点を基点に、建物の構造や壁画の位置、建物の所在地を整理できる [UC-008 §遺跡同定の事例]。
現地で構図を合わせる作業そのものが、同定の証拠になることもある。ドイツ隊の書籍では仏教寺院とされた地点が、現在の現地の記録では19世紀の建物とされていた事例では、食い違いを言葉で説明しても理解を得にくく、証拠となる写真を突き合わせて示すしかなかった。現地の人に「もう何も残っていない」と言われた遺跡も、同一構図の写真で対応関係を確かめると残っていた [UC-008 §遺跡同定の事例]。
地域の知識が鍵を握る場合もある。京都の市電写真のデータベースでは、専門の異なる研究者に市電の専門家と市役所の職員が加わり、議論しながら撮影場所を同定した。たとえば北野線沿いのバス車庫がもとは市電車庫だったという知識が、場所を突き止める手がかりになる。この同定作業は、写真情報を知らない人にとっては、その場所への理解と歴史的認識を深め、地域の価値を再評価する機会にもなる [UC-005 §京都の鉄道・バス写真データベースの構築]。
共時的な写真と通時的な写真
写真を並べる方向は二通りある。ある一時点の複数の写真を地図の上に集めて、その時点の都市景観を再現する方向(共時的な写真)と、同じ場所の異なる時点の写真を比べて変化を読む方向(通時的な写真)である [UC-016 §地図と組み合わせた過去の景観の再現]。
共時的な写真の例は、先の北京の事例である。古地図に古写真を対応づけ、一時点の景観を再現した [UC-016 §地図と組み合わせた過去の景観の再現]。ここでの写真は、空間的な文脈に置かれて初めて読めるようになる。視覚資料それ自体にも情報はあるが、空間情報を結びつけることでより深い解釈が可能になる [UC-016 §視覚的・空間的な歴史資料という視点]。
同じ主題の写真群でも、共時的に扱うには限界がある。華北交通の写真アーカイブは3万5千点を超えるが、写真は都市の一部を切り取るにとどまり、街並みを連続的に記録したものではない。しかも場所への対応づけが、元資料のメタデータに基づく駅単位にとどまり、地点レベルには至っていない。そのため過去の景観の再現には十分に有効とはいえない、と講演者は述べている [UC-016 §North China Railwayの写真アーカイブとAIタグによる検索]。
通時的な写真は、同一構図撮影によって作られる。古写真と同じ構図で現在を撮ると、東京のある地点では建物が大きく変わった一方で堀はほとんど変わっていない、といった対比が見える [UC-016 §Memorygraphアプリによる景観の変化の把握]。同一構図の写真を画素レベルで比べると、人が気づかないような微細な変化が明らかになることもある。この営みを講演者は、変化する景観の中に不変なものを見いだすこととして、景観を「読む」と呼んでいる。ただし、読み取りの巧拙は、その場所や景観についての知識に依存する [UC-016 §景観を「読む」ための新しい技術]。
通時的な写真には、変化の性質に応じた使い分けがある。長い時間の経過による景観変化には今昔写真、災害のように非連続的な変化には前後の比較(ビフォーアフター写真)、緩やかに進む変化には定点観測写真が向く、という整理が示されている。ビフォーアフター写真は、阪神・淡路大震災のように大きな変化があった場合に、被害の規模や復旧・復興の過程を可視化できる。定点観測写真は、植物の開花や成長、建設工事の進捗、季節による風景の変化の記録に向く [UC-004 §同一構図撮影の6つの種類]。
同一構図撮影と参照写真の役割
同一構図撮影では、古写真などの基準画像が参照写真の役割を担う。この写真は、撮影者が現在の景観を合わせる目標であると同時に、撮られた結果と対にして残る比較の片方でもある。
参照写真を使わない撮影は負荷が高い。古写真を短期記憶に保持し、ファインダー越しの像と見比べ、ずれていれば自分が移動して合わせなければならない。3次元のシーンが自分の移動でどう回転して見えるかを頭の中で予測する作業(メンタルローテーション)は、人間にとって得意ではない [UC-004 §開発の背景:手動による今昔写真撮影の困難]。紙焼き写真を手に持って再撮影する方法でも、写真の裏側の景観が隠れてしまい、2枚を別々のデータとして扱えない [UC-004 §拡張ファインダーとしての設計:ARや写真再撮影との比較]。
参照写真をファインダーに半透明で重ねると、この作業が大幅に楽になる [UC-016 §Memorygraphアプリによる景観の変化の把握]。重ねるのが参照写真であれば、撮影の目的が変わっても同じ仕組みで対応できる。ファインダーに重ねる画像を入れ替えるだけで、古写真による今昔写真のほか、聖地巡礼写真(作品中の場面との比較)、位置証明写真(その場所に行った証明)、撮影シミュレーション(有名な写真の撮影位置・カメラ・画角の再現による意図の分析)などに使える [UC-004 §同一構図撮影の6つの種類]。
照合の難しさへの対処は、事例ごとに異なる。同一構図に合わせるには景観を読む力が要り、古写真と現在のあいだで何が変わり何が変わっていないかを判断できれば、変わらない要素に合わせて構図を決められる。地形のような変わりにくい要素や、文化的景観の知識が手がかりになる [UC-004 §利用上の留意点:難易度のギャップと景観を読む力]。
撮影を支援する仕組みの設計
撮影を支援する仕組みの代表が、同一構図撮影のカメラアプリ「メモリーグラフ」である。設計上の要点は三つに分けられる。過去の写真をファインダーに重ねること、撮影地点へ導くこと、撮れた写真を束ねることである。
ファインダーに過去を重ねる
メモリーグラフは、カメラのファインダーを拡張する仕組みとして設計されている。通常のファインダーに出る構図グリッドの代わりに、古写真などのガイド画像を半透明で表示し、それに合わせて現実世界を撮影させる。ガイドを入れ替えれば、前節に挙げた複数種類の撮影を同じアプリで行える。撮影時のセンサーデータ(位置情報、方位など)も併せて保存できるので、ガイド写真の撮影位置や方向を推定する材料にもなる [UC-004 §拡張ファインダーとしての設計:ARや写真再撮影との比較]。
拡張現実(AR)とは設計上の立場が異なる。ARでは過去の写真は向こう側の世界の場所に固定され、カメラを動かすと写真の見え方が変わる。用意されたコンテンツを受動的に鑑賞する道具である。これに対しメモリーグラフでは、カメラを動かしてもファインダー上の写真は変わらず、撮影者が写真と実世界の座標系の一致を能動的に探索する参加のための道具になる。重ねた2枚は、それぞれ独立したデータとして扱える [UC-004 §拡張ファインダーとしての設計:ARや写真再撮影との比較]。
撮影地点へ導く
写真を合わせる以前に、どの地点へ行けばよいかという問題がある。メモリーグラフには、撮影地点へ導く仕組みがアプリの機能として加えられている。古写真上のどこにポイントを置けばよいかを示す撮影時の目印、初めての利用者に向けた道順表示、透過調整の案内がその例である [UC-030]。長崎での導入の経緯と参加者の反応は、節「地域とともに進める」を参照。
撮れた写真を束ねる
メモリーグラフは、基準となる画像(シーン画像)とそれに合わせて撮った写真の集合を「シーン」とし、シーンを順序つきで束ねたものを「プロジェクト」とする。個人で完結するマイプロジェクトと、複数人で共有する共有プロジェクトがあり、同じシーン画像に対して複数の人が撮った結果を集めると、誰がどこから撮影したかを比べられる。共有プロジェクトの作成ツールと閲覧ツールが別に用意されており、閲覧側では地図上に各シーンの撮影地点を表示し、シーンごとに撮影された写真を一覧できる [UC-004 §アプリの基本要素とプラットフォーム]。
束ねたデータは、それ自体が分析の材料になる。多くの人が同じ場所を訪れて最適な一致を探すと、撮影地点の報告が集まり、その平均から古写真の撮影地点を特定できる。現在の写真と古写真を比べれば、現在の建物のどの部分に過去の姿が保存されているかを推測する手がかりも得られる [UC-016 §Memorygraphアプリによる景観の変化の把握]。
束ねる設計には運用上の論点も伴う。写真の共有をめぐる感覚には個人差があり、一律の共有設定では対応しきれない。そのため、個人単位で閲覧範囲を制限できる「非表示」モードが設計に加えられた [UC-030 §写真共有機能をめぐる課題と対応]。
撮影者のまなざしの記録としての写真
同一構図撮影を重ねると、写真という資料の見方が変わる。講演者は、写真をカメラが世界を記録したものとしてだけ捉える見方に対し、カメラの後ろに撮影者がいるという視点を前景に置く。写真は撮影者による世界の記録であり、どこから、どんな姿勢で、どんなカメラで、どんな意図で撮られたかを抜きには考えられない、という立場である [UC-004 §メモリーグラフが投げかける問い:写真の再考と身体性]。
この見方に立つと、同一構図撮影は景観変化の記録を超える。曾祖父が撮った写真を題材に同一構図撮影を行えば、現在の景観を記録するだけでなく、かつての撮影者と場所と姿勢を共有する行為になる。植生や煙の量といった細部の違いから、撮ったのは別の時代の別の人物だと感じ取れるとき、写真が景観のコピーではなく撮影者のまなざしを記録したメディアであることが浮かび上がる [UC-004 §メモリーグラフが投げかける問い:写真の再考と身体性]。
資料の読みとしても具体的な発見がある。トルファンの遺跡調査では、同一構図の写真を撮る過程で、ドイツ隊のメンバーが高い場所に登って撮影するのを好んでいたことがわかった [UC-008 §遺跡同定の事例]。古写真の撮影位置を現地で追体験すると、撮影者の行動の癖が資料から読み出される。