はじめに
メモリーグラフ は、同一構図撮影を支援するカメラアプリです。古写真などの基準画像をカメラのファインダー上に重ねて表示することで、同じ地点・同じ構図の写真を簡単に撮影できる仕組みを提供します。本講演では、ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)/国立情報学研究所の北本朝展氏が、アプリの開発に至った経緯、同一構図撮影の多様な種類、フィールドワークへの活用、そして「景観を読む力」「写真とは何か」といった、メモリーグラフを使うことで見えてくる問いについて講演しました。フィールドワークでアプリの活用を検討する実践者や、景観の同一構図撮影に関心のある研究者・教育関係者に有用な内容です。
メモリーグラフとは:同一構図撮影を支援するカメラアプリ
メモリーグラフは、同一構図撮影を支援するカメラアプリで、iOS版とAndroid版が無料で公開されています。「メモリー」(記憶)に対して「グラフ」(フォトグラフのグラフ、つまり記録)を組み合わせた名称で、略称は メモグラ と呼ばれます。
アプリの基本的な機能は、カメラのファインダー上に基準となる古写真を半透明で表示し、その像と現実の風景が重なるように撮影することです。撮影された2枚の写真を重ねて比較すると、景観の大きな変化だけでなく細かい変化までを発見できます。たとえば明治・大正期の東京のお堀の写真と現在の同一地点の写真を重ねると、お堀の形は保存されている一方で、画面に映る建物群は大きく変化していることが見えてきます。

こうした2枚の写真を重ねて見るという行為は、専用アプリがなくても可能ですが、後述するように人間にとっては負荷の高い作業です。アプリはこの作業を大幅に楽にし、誰でも同一構図撮影に取り組めるようにすることを目的としています。
開発の背景:手動による今昔写真撮影の困難
メモリーグラフの開発につながった原体験は、2008年頃に試みた 今昔写真 プロジェクトです。当時はスマートフォン用のアプリがなかったため、ノートPCに古写真を表示し、それを目で確認しながら通常のカメラのファインダー越しに現代の景観と重ねていく方法をとりました。
この方法は技術的には可能ですが、実行は非常に難しい作業でした。古写真を一度脳内に短期記憶として保持し、それをファインダー越しの像と比較しながら、ずれている場合は自分が移動して位置を合わせる必要があります。3次元のシーンが自分の移動でどう回転して見えるかを頭の中で予測する メンタルローテーション(心的な3次元回転)と呼ばれる作業は、人間にとって得意ではない処理であり、認知的な負荷が非常に高いのです。
この経験から、スマートフォンのカメラ画面に古写真を直接重ねて表示できれば、この負荷を大幅に減らせるのではないかという着想が生まれました。最初のアプリ「メモリーハンティング」が公開されたのは2014年であり、その後段階的に改良を重ねた後、2019年からアプリの抜本的再構築が始まり、2020年に従来のアプリが利用不能になる時期を経て、現在のメモリーグラフがiOSとAndroidの両方に対応した形で2023年3月に公開されました。
同一構図撮影の6つの種類
同一構図撮影は、ファインダー上に何を表示するかによってさまざまな目的に活用できます。本講演では6種類が紹介されました。
- 今昔写真:古写真を基準に現代の景観を撮影します。長い時間の経過によって生じた景観変化を把握でき、撮影場所が不明な古写真の場合は、合わせる作業自体が撮影場所特定の重要な証拠になります。
- ビフォーアフター写真:災害等で生じた非連続的な変化の前後を比較します。たとえば阪神・淡路大震災のように大きな変化があった場合に、被害の規模や復旧・復興の過程を可視化できます。
- 定点観測写真:自然物や人工物の連続的な変化をタイムラプス的に記録します。植物の開花や成長、建設工事の進捗、季節による風景の変化など、緩やかに進む変化の記録に向いています。
- 聖地巡礼写真:漫画・アニメ・映画など、コンテンツ作品で描かれたシーンと現実の景観を比較します。作者や登場人物の視線を疑似体験することで、より没入感の高い体験が得られます。
- 位置証明写真:その場所に行ったことの証明として同一構図撮影を活用します。同一構図の写真を撮るには必ず現場に行かなければならないため、オリエンテーリングのように場所を回るゲームへの応用が考えられます。
- 撮影シミュレーション:有名な写真の撮影位置・カメラ・レンズ・画角などを再現することで、写真家がどのような意図で撮影したのかを分析するための方法として使えます。
これらは目的に応じてファインダー上に表示する画像を入れ替えるだけで対応でき、同じアプリで多様な活動を支援できることがメモリーグラフの特徴です。
拡張ファインダーとしての設計:ARや写真再撮影との比較
メモリーグラフは、カメラのファインダーを拡張する仕組みとして設計されています。通常のカメラのファインダーには構図グリッドが表示されることがありますが、メモリーグラフではグリッドの代わりに古写真などのガイド画像を表示し、それに合わせて現実世界を撮影できるようにします。ガイドを入れ替えれば、6種類の同一構図撮影をひとつのアプリで実現できます。撮影時のセンサーデータ(位置情報、方位など)も併せて保存できるため、ガイド写真の撮影位置や方向を推定するための材料にもなります。

似た技術として 拡張現実(AR)がありますが、メモリーグラフとARは似て非なるものです。ARでは過去の写真はファインダーの向こう側の世界の場所に固定されており、カメラを動かすと写真の見え方が変化します。これは誰かが用意したコンテンツを受動的に鑑賞するためのツールであるのに対し、メモリーグラフでは撮影者自身が写真と実世界をリンクします。カメラを動かしてもファインダー上の写真は変化せず、座標系の一致を能動的に探索する「参加」のためのツールという位置づけです。
また、紙焼き写真を手に持って同じ場所で再撮影する手法も古くから存在しますが、その方法では写真の裏側の景観が隠れてしまい、2枚を別々のデータとして扱うことができません。メモリーグラフでは2枚の画像をそれぞれ独立したデータとして扱えるため、紙焼き写真を重ねた場合には隠れてしまう景観も別途記録できます。
アプリの基本要素とプラットフォーム
メモリーグラフは「シーン」「プロジェクト」「アカウント」の3つを基本要素としています。シーン は基準となる画像(シーン画像)と、それに合わせて撮影された画像(フォト)の集合です。同じシーン画像に対して複数の人が撮影した結果を集めることで、誰がどこから撮影したかを比較できます。プロジェクト はシーンの順序つき集合で、個人で完結する「マイプロジェクト」と、複数人で共有する「共有プロジェクト」の2種類があります。アカウント はGoogle Firebaseで管理され、ユーザ名などの設定が可能です。
メモリーグラフのプラットフォームは複数のコンポーネントから構成されています。利用者が現場で使うアプリ(iOS版・Android版)に加えて、共有プロジェクトの作成ツールである メモグラ・マネージャ と、共有プロジェクトの閲覧ツールである メモグラ・ビューア があります。マネージャは現在招待制で運用されており、共有プロジェクトを作りたい場合は問い合わせが必要です。ビューアはアクセスコードを入力すれば閲覧でき、地図上に各シーンの撮影地点を表示したり、シーンごとに撮影されたフォトを一覧表示したりできます。サーバ側で保存されるのは共有プロジェクトのデータのみで、マイプロジェクトのデータはサーバには保存されません。

フィールドワークへの活用:メモリーハンティングと災害アーカイブ
メモリーグラフはオフラインでの現地活動を前提としたアプリです。基準画像をスマートフォンに入れて現場に持ち出し、その場で撮影してデータを集めるフィールドワークを支援します。
代表的な活動が メモリーハンティング と呼ばれるもので、古写真を手がかりに撮影地を特定する活動です。撮影地の特定だけでなく、景観の変化そのものを記録することを重視する場合もあります。災害のビフォーアフター写真では、現場に実際に行って想像を巡らせること自体に意義があります。聖地巡礼写真では、作者や登場人物との一体感を通じてより深い感動を得ることに意義があります。いずれも、自分の身体を現地に移動させることに価値があり、オンラインでは完結しない活動です。
具体例として、阪神・淡路大震災20周年にあたる2015年の取り組みが紹介されました。震災直後の記録写真がオープンデータとして公開されており、その写真を用いて現在の同じ場所を撮影する活動を実施したものです。2015年1月17日にはインドネシア・アチェの参加者と現地で実験を行い、2月1日には Code for Kobe のメンバーと実験を行いました。これらの取り組みのなかで、震災を直接知らない子ども世代もアプリにすんなり馴染み、文章の説明を読むよりも実際に使う方が直感的に理解できることが確認されました。

利用上の留意点:難易度のギャップと景観を読む力
メモリーグラフは仕組みとしては単純ですが、実際に使ってみると想定以上に難しい作業であると講演者は述べました。同一構図に合わせて撮影することは、文章の説明を読んでもイメージしづらく、また「簡単そう」と思っても実際に試すと一筋縄ではいきません。一方で、その期待と現実のギャップ自体が、利用者の興味を引き出す側面もあります。
景観を合わせるためには 景観を読む力 が重要になります。古写真と現在の景観の間で何が変わり、何が変わっていないかを判断できれば、変わっていない要素に合わせて構図を決められるため、撮影の効率が向上します。地形のような変わりにくい要素や、文化的景観に関する背景知識があれば、合わせるための手がかりを発見しやすくなります。メモリーグラフを十分に活用するには、景観に対する観察力や知識が求められるという側面です。
メモリーグラフが投げかける問い:写真の再考と身体性
メモリーグラフを使い続けていると、「写真とは何か」という問いを改めて考えさせられると講演者は述べました。一般に写真は「カメラで世界を記録したもの」と捉えられ、ARのような技術もこの世界観に立っています。しかしメモリーグラフでは、カメラの後ろに撮影者がいるという視点が前景化します。すなわち写真は「撮影者による世界の記録」であり、どこから、どんな姿勢で、どんなカメラで、どんな意図で撮影されたのかを抜きには考えられないというメディア観です。
この視点に立つと、同一構図撮影は単なる景観変化の記録を超えた意義を持ちます。たとえば曾祖父が撮影した写真を題材に同一構図撮影を行うと、現在の景観を記録するだけでなく、かつての撮影者と場所・姿勢を共有する行為になります。植生や煙の量といった細部の違いから「撮ったのは別の時代の別の人物だ」と感じ取れるとき、写真が単なる景観のコピーではなく、撮影者のまなざしを記録したメディアであることが浮かび上がります。場所と姿勢を合わせ、時間を超えて撮影者の身体を再体験することで、より深い感動が得られると講演者は位置づけました。

講演情報
- イベント:第24回CODHセミナー - カメラアプリ「メモリーグラフ」によるフィールドワークの展開〜地域文化資源、観光、防災、人文学研究への利用事例〜
- 講演日:2025-07-07
- 講演者:北本朝展(ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)/国立情報学研究所)
- 資料:人文学研究データリポジトリ(doi:10.20676/00000459)
- 動画:YouTube
関連リンク
- メモリーグラフ(メモグラ) - 同一構図撮影を支援するカメラアプリ
- メモリーグラフとは?
- 今昔写真 | ディジタル・シルクロード
- メモリーハンティング(メモハン) - 記憶の場所を探して記録するモバイルアプリ
- 阪神・淡路大震災「1.17の記録」
- DHコンソーシアムプロジェクト(DiHuCo):研究実践ハブ/地図・地誌類領域
- 公募型共同研究 - データサイエンス共同利用基盤施設
この記事は、講演記録を基に生成AIを利用して作成したユースケース記事です。