地理情報システム(Geographic Information System、GIS)は、地図を表示するだけでなく、地図の作成、情報の付加、データの管理・可視化・分析までを担うソフトウェアであり、その周辺の学問体系でもある。[UC-009 §GISの機能とレイヤー]
GISの成立と60年の歩み
GISが情報システムとして認識されたのは1964年ごろで、最初のGISはカナダで国土利用を管理する目的から生まれた。日本ではインフラ分野や政府の地理情報管理への適用が先行し、1970年代は基礎研究と政府利用が中心だった。1980年代にはパソコンの普及とともにESRIなどの企業による商用パッケージが登場した。[UC-009 §地理情報システムの60年の歴史]
1990年代にはGPSが軍事用途から民間に開放され、カーナビゲーションが最初の民間応用となった。2005年に登場したGoogle MapsおよびGoogle Earthが地図の操作性を大きく変えたほか、オープンソースソフトウェアも台頭した。2010年代はスマートフォンの普及によりモバイル端末上での地図利用が一般化し、2020年代は機械学習やAIが地図の作成と分析の方法そのものを変えつつある。細かな3次元の地理情報を必要とする自動運転は、この分野に残る大きな課題として挙げられている。[UC-009 §地理情報システムの60年の歴史]
呼称の変遷が示す関心の広がり
GISの学問的な周辺には「地理情報システム(Geographic Information System)」「地理情報科学(Geographic Information Science)」「空間情報科学(Spatial Information Science)」という三つの呼称が並存する。いずれも略称はGISだが、「サイエンス」という語にはシステム開発にとどまらず学問体系を構築するという含意がある。さらに、地理情報をより数学的・一般的に記述すれば地球上の場所に限らない数学的な空間を扱う空間情報科学へと拡張される。もとの地理学に、コンピューターサイエンス・デジタル技術・計算幾何学(computational geometry)を組み合わせることでこれらの分野が生まれた。[UC-009 §地理情報システムから空間情報科学へ]
GISの機能とレイヤー構造
GISの特徴的な機能の一つがレイヤーだ。道路や建物などの情報をレイヤー単位でオンオフして、表示する情報を組み合わせられる。道路レイヤーをオフにすれば道路が消え、建物レイヤーをオフにすれば建物が消えるという具合で、渋滞や温度のように直接は見えない情報を重ねて表現することも可能だ。[UC-009 §GISの機能とレイヤー]
GISが扱うデータはラスターデータとベクトルデータに大別される。ラスターデータは衛星画像のように四角形のグリッドすべてに情報が埋まっているもの、ベクトルデータは点・線・ポリゴンといった図形として表現されるものだ。さらにTIN(Triangulated Irregular Network)という面表現のデータ構造も用いられ、点どうしを三角形でつないで各点に標高などのデータを与えることで3次元の表面を表現する。これらのデータ形式の詳細は「地理データの形式」を参照。[UC-009 §ラスターデータとベクトルデータ]
オープンソースのGISとして広く使われているのがQGISで、レイヤー操作を含むGISの主要機能を無償で利用できる。[UC-009 §GISの機能とレイヤー]
図形の関係と空間操作
点・線・ポリゴンのあいだには、交わる(intersects)、接する(touches)、含む(contains)、内側にある(within)、重なる(overlaps)、等しい(equals)といった関係が定義される。図形に対しては、複数を合わせた和(union)、距離を測る(distance)、交わる部分を取り出す交差(intersection)などの操作も定義されている。こうした関係の表現と図形操作を提供することがGISの特徴の一つであり、これらの計算幾何処理を担うライブラリの例としてC/C++で書かれたGEOSがある。[UC-009 §空間的な関係と操作]
空間検索を高速化するしくみ
代表的な検索操作の一つが、ある領域に含まれるオブジェクトを探す「contains」だ。東京都に住んでいる人(点)、東京都を通る道路(線)、東京都内の公園(ポリゴン)を探す処理がこれにあたる。対象が100万や1000万になるとリニアスキャンでは時間がかかるため、インデックス化のアルゴリズムが必要になる。最も古典的なものの一つが1984年に提案されたR-tree(R木)で、大きな矩形から順に内側の小さな矩形へとたどることですべてを調べずに検索できるツリー構造だ。[UC-009 §空間検索を高速化する仕組み]
「ある地点から一定距離以内」を探す「within」もよく使われる操作だ。まずその範囲の領域を作る(バッファリング)、その中に含まれるものを探すというように、バッファリングとcontainsを組み合わせて実現する。距離を一つずつ測るのではなく領域を拡張してインデックス構造を使うことで高速化でき、Google Mapsのような地理情報サービスもこれらのアルゴリズムで機能を支えている。[UC-009 §空間検索を高速化する仕組み]
デジタルヒューマニティーズにおけるGISの応用
GISはDH研究においても、過去の地理情報を機械可読化・統合化するための基盤として活用されている。代表例が歴史GIS(Historical GIS)で、古地図を対象として歴史的な地理情報をどのように現代の地図上で活用するかが論じられる。[UC-011 §1. はじめに]
過去の世界は現代まで残された記録から復元するほかなく、不確かさや曖昧さとの戦いになる。現代ならセンサーで測ればそのまま構造化データになるのに対し、過去のデータは構造化するだけでも多くの段階を要する点が大きく異なる。それでも構造化データになれば現代のアルゴリズムで分析できる可能性が開け、こうした研究は情報学だけでは成り立たず、人文学との協働によって新しい知識が得られることが期待されている。[UC-011 §8. まとめ——不確かさと向き合う歴史GIS]
GISを歴史研究に活用する具体的な取り組みとして、江戸時代を対象とした大規模空間データセットの構築がある。「歴史ビッグデータ」という枠組みに位置づけられるこの研究は、歴史的資料に含まれる「何がどこで起こったか」の「どこ」、すなわち位置情報を整備することに焦点を当てる。[UC-012 §背景:歴史ビッグデータと過去の地理情報の整備]
データセット構築の方法論は、識別子(ID)の付与と基本属性の付与の二つを軸とする。ID付与では「何を同じエンティティとみなすか」の判断が難しく、ここに多くの労力がかかる。基本属性の付与では、緯度・経度の位置情報を中心に、名称・粒度・読み・石高などの基本統計を結びつける。藩ID・江戸近世村・江戸マップ・江戸期地理(街道・海岸線など)という複数階層のデータセットが、こうした方針のもとで整備されている。[UC-012 §大規模空間データセット構築の方針]