はじめに
地理情報(geographic information)の基礎を、座標の指定方法から地理情報システム(GIS)の仕組みまで体系的に解説した講演の記録です。地図と衛星画像の違い、地図投影法、測地系と高さの基準、座標の指定方式、そして地理情報システムが備える検索・解析の仕組みまでを順に取り上げます。地理情報を扱うソフトウェアの背後にある考え方を知りたい方に役立つ内容です。
地理情報とは何か
地理情報(geographic information)とは、地理的な位置、すなわち座標(coordinate)を持つデータや情報のことを指します。地球上のどこにあるかを何らかの形で指定する必要があり、その指定の仕方が複数存在する点が、地理情報を扱う上での重要なポイントです。
最も標準的な座標の指定方法は 緯度経度 (latitude and longitude)です。スマートフォンの地図で現在地を示すときにも緯度経度が使われており、高さを加えれば3次元になりますが、地図は平面で表示されるため基本的には2次元の座標として扱われます。緯度経度は座標参照系(coordinate reference system)の中で標準的に用いられる方式です。
一方、人間どうしの日常会話では 地名 (トポニム、toponym)で位置を伝えることが多くあります。「東京にいる」と言えば通じますが、緯度経度の数値を伝えても直感的には分かりません。ただし地名はコンピューターでは扱いにくいため、計算処理では緯度経度が使われます。このほかにも位置を指定する方式はいくつも考案されていますが、緯度経度や地名に比べると便利ではないため、特定の用途に限って使われます。
北本氏は、ネットワークの世界ではIPアドレスやドメイン名がグラフ構造上の座標として機能するのに対し、地理情報では2次元平面あるいは球面上での座標指定が問題になると対比しました。こうした地理情報を取得・管理・分析・表示・利用することが、この分野の研究の目的です。
地理情報を扱う分野とその発展
地理情報を扱う研究分野には複数の呼び方があり、その変遷は分野の関心の広がりを反映しています。地理学を出発点としながら、システムの開発、学問体系の構築、数学的な空間への拡張という方向に発展してきました。
地理情報システムから空間情報科学へ
出発点となったのは地理情報システム(Geographic Information System、GIS)で、地理情報を扱うシステムをどう作るかという課題から研究が盛んになりました。やがて、システムの開発だけでなくその周辺の学問体系を作ることも重要だという意識から、地理情報科学(Geographic Information Science)という言葉が生まれました。略称は同じくGISですが、サイエンスという語に学問体系の構築という意味が込められています。さらに地理情報をより数学的・一般的に記述すると空間(spatial)の情報となるため、地球上の場所に限らない数学的な空間を扱う 空間情報科学 (Spatial Information Science)へと拡張されてきました。いずれも、もともとの地理学に、コンピューターサイエンスやデジタル技術、数学としての計算幾何学(computational geometry)を組み合わせることで生まれた分野です。
地理情報システムの60年の歴史
地理学そのものは数千年の歴史を持ちますが、情報システムとして認識されたのは1964年ごろ、今から約60年前のことです。最初のGISはカナダで国土利用を管理する目的から生まれたものだといいます。その後、日本ではインフラ分野や政府の地理情報管理に用いられ、1970年代は基礎研究と政府による利用が中心でした。1980年代にはパソコンの普及とともに商用ソフトウェアが登場し、ESRIなどの企業がパッケージを販売しました。
1990年代にはGPSが軍事用途から民間に開放され、カーナビゲーションが最初の応用例となりました。1990年代後半にはWebが普及し、2005年に登場したGoogle MapsやGoogle Earthによって地図の操作性が大きく変わったほか、オープンソースソフトウェアも使われ始めました。2010年代はスマートフォンやエッジデバイスの普及によりモバイル端末上で地図が使われるようになり、2020年代は機械学習やAIが地図の作成・分析の方法そのものを変えつつあります。北本氏は、細かな3次元の地理情報を必要とする自動運転(autonomous driving)を、地理情報の分野に残る大きな課題として挙げました。
地図とは何か
地図は現実世界のコピーではなく、地上の特徴の中から必要なものを選び、抽象化・シンボル化して表現したものです。すべてを網羅的に記録する衛星画像とは、情報の扱い方の点で本質的に異なります。
地図と衛星画像の違い
衛星画像や航空画像は、地上の状況を解像度の許す限り網羅的に記録したものです。何が重要かを区別せずすべてを平らに記録するため、正確さという点では地図より優れています。しかし焦点がないため、必ずしも使いやすいわけではありません。
これに対して地図は、利用者にとって重要な部分を取り出し、それ以外を省略・加工した表現です。道路を実際より太く描いたり、重要度に応じて色を変えたりといった強調が行われます。たとえば日本の地図には駅が必ず描かれますが、鉄道を重視しない国の地図では駅が省略されることもあります。また地図は、渋滞や温度のように直接は見えない情報を重ねて表現することもできます。現実とまったく同じ解像度の地図は現実と同じ大きさになってしまい意味がないため、情報をいかに削減してコンパクトに見せるかが地図の要点だと北本氏は説明しました。
情報を可視化するという地図の本質
地図は距離や方向の点で必ずしも「正しい」必要はなく、目的に応じて必要な情報を可視化することにこそ本質があります。その代表例として、1933年にHarry Beckが作成した ロンドン地下鉄路線図 が紹介されました。

この路線図は、路線を縦・横・斜めの直線だけで描いており、実際のくねった経路とは形も距離も一致しません。その意味で地理的には正確でないものの、路線内の駅の順番、路線どうしの乗り換え場所、そしてロンドンの地理で重要な役割を果たすテムズ川の位置については正しく描かれています。地下鉄で移動して乗り換えるという目的に対しては、道路や建物をすべて省略したこの図が最も使いやすく、目的を達成するための情報の出し方を示す好例だといえます。
地図投影法
普段の生活では地表を2次元として近似できますが、地球全体を表示しようとすると3次元の球面を考える必要があります。球面を平面に押し込めるとどこかが必ず歪むため、投影法は何を保存するかによって性格が分かれます。保存の対象には長さ・面積・角度・形があり、これらすべてを同時に保存することはできません。
主な投影法は保存する性質によって次のように分類されます。
- 正角図法(conformal projection):角度を保存する
- 正積図法(equal-area projection):面積を保存する
- 正距図法(equidistant projection):中心から他の点への距離を保存する。航空路線図で、ある都市から各地までの距離を正しく示す用途などに使われる
目的に応じて、これまでに100種類以上の投影法が提案されてきました。具体的な投影法としては、データ処理に便利な正距円筒図法(cylindrical equidistant)、視点を地球の中心から無限遠まで離して眺めた正射図法(orthographic)、緯度と経度が直交するものの極に近づくほど面積が拡大し極域を描けない メルカトル図法 (Mercator)などがあります。メルカトル図法を改良したUTM(Universal Transverse Mercator、ユニバーサル横メルカトル図法)は、地球を経度6度ずつ60のゾーンに分割し、中央子午線からの距離をx座標、赤道からの距離をy座標として定義することで、全体の歪みを最小化します。
測地系と高さの基準
測地系(geodetic system)は、地球の中心と形を定義する枠組みで、緯度経度や高さの値はこの定義に依存します。同じ場所でも基準の取り方によって座標値が変わるため、どの基準を使っているかの共有が重要になります。
測地系と地球の形
測地系は、地球の中心や赤道、楕円体としての形を定義するものです。地球の中心を重力の中心として定めると、ニュートン力学に従って運動するGPS衛星との親和性が高くなるため、複数のGPS衛星からの信号を組み合わせることにより、高精度で位置を測定できるようになりました。
地球の形は完全な球ではなく、自転によって赤道方向に引っ張られたわずかに潰れた楕円体として近似されます。かつて測地系は国ごとに異なり、日本も2000年ごろまで独自の測地系を用いていました。GPSの普及に伴い世界測地系WGS84(World Geodetic System 1984)が標準となり、日本も2000年に移行しました。このとき全国の緯度経度が変わり、古い地図を使ったカーナビゲーションで位置がずれるといったことも起きましたが、25年を経てほぼ定着しています。GPSが示す緯度経度はWGS84に基づくもので、その高度は基準となる楕円体からの高さです。
高さは何を基準に測るか
高さの定義は意外に難しく、基準の取り方によって複数の考え方があります。一つは先述の楕円体の表面からの高さで、GPSが与えるのはこの高さです。もう一つは、重力が釣り合う水面であるジオイド(geoid)面からの高さです。ジオイド面は重力によって決まる海面の形ですが、山や深い海、地下の岩石の密度によって重力の強さが場所ごとに異なるため、不規則な形になります。

伝統的には、楕円体からの高さは扱えなかったため、水面を基準とする高さが使われてきました。日本では東京湾の平均海水面を基準とし、たとえば国会議事堂付近に置かれた基準点からの高さが定められています。GPSが普及した現在でも、過去から積み上げてきたデータとの連続性のために水面基準の高さが使われ続け、GPSだけから高さを推定したい場合に楕円体基準が用いられます。海抜も海の平均海水面を基準としており、満潮と干潮の中間あたりを0メートルとしています。そのため、GPSが示す高さと海抜による高さは食い違う可能性があります。北本氏は、同じ場所でも何を基準にするかで座標値が変わるため、基準の共有が欠かせないと締めくくりました。
座標を指定するその他の方式
緯度経度には扱いにくさや精度の曖昧さといった限界があるため、位置を別の方法で指定する方式も考案されています。グリッドに分割してIDを与える方式や、単語の組み合わせで表す方式などがあります。
緯度経度は2つの座標を組み合わせる必要があり、また何桁まで正確なのかが分かりにくいという弱点があります。プログラム上では小数点以下15桁ほど出ることもありますが、実際には6桁でおよそ1メートルの精度に相当します。小数点以下何桁まで精度の裏付けがあるかを確認する必要があります。
H3 は、配車サービスのUberが用いるグリッドシステムで、地球を六角形に分割し、それぞれにIDを与えて位置を表します。ズームインするほどIDが長くなり、ID自体が解像度の情報を含む点が特徴です。一般的にグリッドの分割には三角形・四角形・六角形がありますが、四角形では縦横と斜めで隣接グリッドへの距離が異なるのに対し、H3が用いる六角形は隣り合うグリッドへの距離がすべて等しいという良い性質を持ちます。同じく六角形を用いる方式としてGeoHexもあります。

少し変わった方式として、3つの単語の組み合わせで位置を表す what3words があります。覚えにくいIDの代わりに単語の組み合わせなら覚えやすいのではないかという発想に基づくもので、緯度経度を人間が読める言葉に近づける試みといえます。ただし北本氏は、実際にはあまり普及していないとの見方を示しました。
地理情報システム(GIS)とデータ構造
地理情報システム(GIS)は、地図を表示するだけでなく、地図を作成し、情報を加え、管理・可視化・分析する機能を備えたソフトウェアです。扱うデータは大きくラスターデータとベクトルデータに分けられます。
GISの機能とレイヤー
GISは、単に地図を表示するのではなく、地図の作成や情報の付加、データの処理といった機能を持ち、地理情報を管理・可視化・分析できるソフトウェアです。特徴的な機能がレイヤーで、道路や建物などの情報をレイヤー単位でオンオフして、表示する情報を組み合わせられます。道路レイヤーをオフにすれば道路が消え、建物レイヤーをオフにすれば建物が消えるという具合です。オープンソースのGISとしては QGIS が広く使われています。

ラスターデータとベクトルデータ
GISが扱うデータは、大きくラスターデータとベクトルデータに分けられます。ラスターデータは、衛星画像のように四角形のグリッドのすべてに情報が埋まっているもので、画像が典型例です。一方ベクトルデータは、点・線・ポリゴンといった図形として表現されます。点は店や学校などの場所(POI、point of interest)、線は道路、ポリゴンは千代田区のような行政区画の境界線にあたります。ポリゴンは始点と終点が一致する閉じた図形で、内部に穴を持つ場合はポリゴンの配列として表現できます。
面を表すもう一つのデータ構造が TIN (Triangulated Irregular Network)です。点どうしを三角形でつないで面を表し、各点に標高などのデータを与えることで3次元の表面を表現します。点群からは、ドロネー三角形分割(Delaunay triangulation)という数学的手法で三角形を作成します。これは、センサーが置かれた地点のデータから、センサーのない場所の値を補間したい場合などに用いられ、IoTのようにセンサーを配置して計測する場面でよく登場します。
空間データの検索と高速化
地理情報の活用では、図形どうしの空間的な関係を判定したり、条件に合う空間オブジェクトを検索したりする処理が欠かせません。対象が大量になると、検索を高速化するためのデータ構造が必要になります。
空間的な関係と操作
点・線・ポリゴンといった図形のあいだには、交わる(intersects)、接する(touches)、含む(contains)、内側にある(within)、重なる(overlaps)、等しい(equals)といったさまざまな関係があります。また図形に対しては、複数を合わせた図形を作る和(union)、間の距離を測る(distance)、交わる部分を取り出す交差(intersection)などの操作が定義されています。こうした関係の表現や図形操作を提供することがGISの特徴の一つです。これらの計算幾何の処理を担うライブラリの例として、C/C++で書かれた GEOS があります。
空間検索を高速化する仕組み
代表的な検索に、ある領域に含まれるオブジェクトを探す「contains」があります。たとえば東京都に住んでいる人(点)、東京都を通る道路(線)、東京都内の公園(ポリゴン)を検索するといった処理です。対象が少なければ一つずつ調べるリニアスキャンでも現実的な時間で解けますが、対象が100万や1000万になると時間がかかるため、オブジェクトをインデックス化するアルゴリズムが必要になります。最も古典的なものの一つが1984年に提案された R-tree (R木)で、大きな矩形から順に内側の小さな矩形へとたどることで、すべてを調べずに検索できるツリー構造です。

「ある地点から一定距離以内」を探す「within」もよく使われます。たとえば国立情報学研究所から1キロメートル以内の店を探す場合、いったんその範囲の領域を作り、その中に含まれるものを探すというように、バッファリング(buffering)とcontainsの検索を組み合わせて実現します。距離を一つずつ測るのではなく、領域を拡張してインデックス構造を使うことで高速化できる点がポイントです。北本氏は、こうした空間検索の高速化が地理情報を扱うソフトウェア科学の課題であり、Google Mapsのような地理情報サービスでもこれらのアルゴリズムが機能を支えていると述べました。
講演情報
- 講演日:2025-10-14
- 講演者:北本朝展(国立情報学研究所)
関連リンク
本講演で言及されたツールや資料へのリンクをまとめます。
- The History Of The Tube Map
- H3: Uber's Hexagonal Hierarchical Spatial Index
- what3words
- Spatial without Compromise · QGIS
- GEOS
- 北本 朝展 @ 国立情報学研究所(NII)
この記事は、講演記録を基に生成AIを利用して作成したユースケース記事です。