はじめに

ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター/国立情報学研究所の北本 朝展氏は、自律的に作業を進めるAIエージェントの登場を踏まえた新しいデジタル人文学(DH)を「Agentic DH」と名付けることを提案しました。本講演は、数学研究で先行するAI for Scienceの動き、AIコーディングによる研究のスピードの変化、人文学が主体性(agency)をどう保つのかという問いを扱います。AIと人文学研究の関係を考えたい方に役立ちます。

Agentic AIとAI for Scienceという潮流

北本氏は、生成AIが人類の知的活動を大きく変えつつあり、学術研究の現場でもAIによる研究の高度化と加速化が避けられなくなりつつあると述べました。積極的に進める研究者もいれば、周囲が進むために追われるように進めている人もいるかもしれない、とも述べています。さらに、自律的に作業を進めるAgentic AIの登場が、人間とAIのどちらが主体的に研究をするのかという配分を変え、学術システムそのものを揺さぶっています。こうした新しい潮流を踏まえたDHをAgentic DHと名付けたい、というのが本講演の出発点です。

北本氏が責任者を務める DiHuCo研究実践ハブ は、文科省「人文学・社会科学のDX化に向けた研究開発推進事業」(2024年12月~)のもと、ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)が地図・地誌類領域の人文DXを担当するもので、DHユースケースの開発やガイドラインの執筆に取り組んでいます。DiHuCoはこのほか、文字資料を担当する研究基盤ハブや人材育成ハブで構成されます。

数学研究で進むAI for Science

北本氏は、AI for Scienceが特に激しく進んでいる分野として数学研究を挙げ、注目している四つの出来事を紹介しました。

第一は、数学者が長年取り組んできたヤコビアン予想の反例が見つかったことです。発見者はAnthropic Claude Fable 5とされています。AIを使ったのはAnthropicの社員で、数学の博士号を持つ専門家であって素人ではない、とも補足しました。ワールドカップ決勝戦を見ている間に解けてしまったといいます。

第二は、結果を人間が理解する作業です。フィールズ賞受賞者のTerence Tao氏が、翌日に反例を「消化」する解説を ブログ記事 として投稿しました。結果を見てもなぜそうなるのか分からないので自分で理解したい、という趣旨です。この解説自体もChatGPTとの対話で作られており、だからこそ一日で書けたといいます。ただし対話の成立には深い専門性が必要だと北本氏は指摘しました。

第三は、同じくフィールズ賞受賞者のGowers氏が、ChatGPT 5.5 Proを使った感想を ブログ記事 にまとめ、AIの数学研究への影響を論じたことです。自分の名前を定理に残せる時代は終わりつつあるかもしれない、AIが解いた結果を自分の成果と言えるのか、という問いです。数学研究にこれから入ろうとする人への影響が特に大きく、従来のやり方ではキャリアを築けないとも論じています。

第四は、これらへの反応として2026年6月に公開された Leiden Declaration on Artificial Intelligence and Mathematics です。国際的な数学者コミュニティのIMUも支持し、2025年9月から数学者だけでなく哲学・歴史・社会科学の研究者も加えて議論されました。個人・組織・政策決定者に向けたメッセージであり、数学者の選択と責任を強調しています。

AIコーディングがもたらした研究のスピードの変化

北本氏は、自身の研究者人生を変えた二つのアプリとして、1993年のウェブブラウザNCSA Mosaicと2025年のAIコーディングツールClaude Codeを挙げました。仕事のスピードが10倍になれば仕事のやり方そのものが変わる、というのが北本氏の見立てです。時間がかかりすぎて不可能だと思っていた仕事が隙間時間で進むようになり、あきらめていたプロジェクトが動き始めたといいます。ソフトウェア開発の民主化とも呼ばれ、AIに適切な指示を出せれば実現できるようになった変化です。研究実践ハブでも DiHuCoガイドラインシステム で、知識ベースからガイドラインを執筆するAgentic WorkflowをAIエージェントに担わせています。

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学術システムにかかるストレスと著者性の問い

一方で、研究の加速は学術システムにストレスをかけていると北本氏は指摘しました。論文の「生産性」が向上して大量投稿が可能になり、質の低下も重なって、人間が査読するシステムが危機的な状況にあります。機械学習の学会NeurIPSでも NeurIPS 2026 AI-Assisted Reviewing Experiment が始まりました。AIが書き、AIがレビューする時代に学問の信頼性をどう確保するかが、大きな問題になっていると述べています。

さらに、成果は誰のものか、著者性の根拠はどこにあるのかという問いも生じます。研究者のプロンプトには独自性があり検証も行いますが、それが著者性の「根拠」になるのかには疑問が残ります。Gowers氏は、AI生成と人間の検証による成果を著者のいない論文として投稿できないかと考えましたが、プレプリントサーバーのarXivは条件を満たさないといいます。人文学では人手による丹念な作業を著者性の根拠としてきたため、AI支援による成果の評価が特に難しくなる可能性があると北本氏は述べました。

人間とAIの関わり方の三つの類型と「指揮者」という研究者像

人間とAIの関わり方について、北本氏はHuman-in-the-loop、Human-on-the-loop、Human-out-of-the-loopという三つの言い方を整理しました。一つ一つの作業を指示し確認するHuman-in-the-loopはマイクロマネジメント(micromanagement)、方向を示して委ね結果を確認するHuman-on-the-loopは権限移譲(delegation)、結果をそのまま使うHuman-out-of-the-loopは丸投げ(abdication)にあたり、この順に人の関与が減ります。AIができることが増えるにつれ、in-the-loopからon-the-loopへ移っていくといいます。ただし人文学では、丸投げにあたるHuman-out-of-the-loopはあまり成立しないのではないかといいます。

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そこで示されたのが、研究者はAIの「指揮者」だという研究者像です。指揮者は個々の楽器を弾けないかもしれませんが、全体の音がどうあるべきかを理解し、全体としてよい音楽を作り出す責任を負います。研究者も、個別の工程はAIに委譲しつつ、研究の全体を成功させ説明する責任を負うという整理です。

Agentic DHが込めたもう一つの意味

Agentic DHという言葉には、AIエージェントを使うDH研究という意味に加えて、主体性(agency)というもう一つの意味が込められています。

主体性(agency)という概念

北本氏は自身の専門ではないと断ったうえで、agencyは人文学や社会科学で昔から議論されてきた概念であり、人間が行為者として意思決定し実行するとき、その選択が自由意思によるのか強制によるのかを問う文脈で使われると紹介しました。一方でAI業界では、個人の能力開発の文脈でagencyの希少性が議論されています。AIによってintelligenceが安く普及して価値が下がる分、agencyの価値が上がるという見方です。この概念が様々なコミュニティの議論の蓄積に接続する点が面白いといいます。

デジタル化からAI化への転回

これまでのDHはアナログ-デジタル軸、すなわちComputabilityやAccessibilityをどう高めるかという一方向的な変化を議論してきました。いま起きているのは人間-AI軸での変化で、agencyを人間とAIのあいだでどう分担するかという配分の問題です。AI化が一方向ではない点が、デジタル化との違いです。

北本氏は、Agentic DHに到達するにはデジタル化からAI化への転回が必要であり、DHが推進してきたデジタル化の延長ではAI化に進めない、異なるベクトルではないかと述べました。デジタル化をやめるわけではなく、方向を変えるという意味です。一方で、最初からデジタル環境で研究を始めた人はアナログからデジタルへの変化を経験しておらず、転回しなくても自然にAI化に進めるため、むしろ若手に有利な面もあるといいます。デジタル化を経由せずAI化を進める新たな研究の可能性も開けると述べました。

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AI for Humanitiesに向けて

北本氏は、人文学の主体性を保つために必要なこととして、AIへの丸投げではなく的確な指示と対話のコントロールが不可欠であること、自分たちの研究に適したAIを開発する能力やAIの出力を批判的に評価する能力を育成できるかという点を挙げました。さらに、AI世界の内側に入りAIが進化する方向に影響を与えられるかという点にも触れ、例としてAnthropicが採用する哲学者がAI開発に影響を与えている話を紹介しました。AIを外側から批判するだけでなく、AIとの関わりを主体的に選択し責任を持つことが重要だと述べています。

人文学領域における「AI for Science」は自然科学分野とは状況が大きく異なるものの、そこで起こっていることはいずれ人文学にも波及するはずだと北本氏は考えています。デジタル化からAI化への転回を捉え、より広い視野で新たな研究の可能性を追究すべきこと、また学術システムの大変革は人材育成やキャリアパス、教育にも大きく影響するため、いまから対応を考えるべきことを述べて講演を締めくくりました。なお講演の内容は、エッセイ 人文学はAIの指揮者になれるか―Agentic DH時代の到来(『ふみ』No.24)がもとになっているといいます。

講演情報

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この記事は、講演記録を基に生成AIを利用して作成したユースケース記事です。