はじめに
北本朝展氏(ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター/国立情報学研究所)は、DHコンソーシアムプロジェクト(DiHuCo)の研究実践ハブに関する講演を二部構成とし、前半で地理・地誌データの公開を扱いました。続く後半で紹介したのが、ガイドライン構築にAIエージェントを用いるAgentic Publishingの考え方と、それを実装したDiHuCoガイドラインシステムです。ガイドラインとは何かという問いから、講演から記事を作り記事群からガイドラインを組み立てる仕組み、運用で見えてきた課題までを取り上げます。
ガイドライン構築という取り組み
DiHuCoでは、東アジアテキストや地図・地誌類の国際標準データのガイドライン構築を進めています。ガイドラインとは、実践を進めていくうえでのよりどころとなる指針や基準です。
対象は二つに分かれ、研究基盤ハブは東アジア/日本のテキストデータ構造化のためのガイドラインを、研究実践ハブは地図・地誌類データを中心としたデータ駆動型人文学研究のガイドライン(仮称)を扱います。北本氏は、研究実践ハブのガイドラインを今年度末までにまとめる方針を示しました。
ガイドラインとは何か
ガイドラインという言葉は、もともと布や紙に引かれる線を指していました。北本氏は、1589年に Madrid で出版された Juan de Alcega の Libro de Geometría, Práctica y Traça(Metropolitan Museum of Art 所蔵)の図を示しました。矩形は一反の布、内部の線は衣服各パーツの配置、斜線部は裁ち落とす余り布を表します。職人はこの図を参照して手元の布に線を引き、その線に沿って裁断しました。

18世紀には、切る前に布や紙の表面に引かれる線、つまりはさみの動きをガイドする線を指しました。19世紀には熱気球を操舵するためのロープを指し、1940年代には比喩的な意味でも使われはじめ、1960年代には政策文書に、1970年代以降は臨床診療の分野で広まりました。
北本氏は、実践の指針となる線を引くことがガイドラインの役割ではないかと述べました。標準・規制・規範と重なりつつも、許容幅を伴う点に特徴があるという見方です。
実践から生まれる知とその集約
実践から生まれた実践知を、他者も使えるように形式知・共有知とするのがガイドラインだと北本氏は位置づけました。ベストプラクティスはこうすればうまくいくという指針を示し、方法を多くのユースケースで共通化して仕様・規格にすると、別々に作られたものが噛み合う相互運用性の利点が生まれます。こうした指針や仕様・規格は、複数の人が知を共有するコミュニティにおいてこそ意味を持ちます。
コミュニティ規模で知を集約する方法として、三つが挙げられました。
- 委員会型:コミュニティから選ばれた人々が記事を執筆し、調整しながら集約し、合議の後に文書を公表する
- 調査型:アンケートやデルファイ調査で多くの意見を集め、主に統計的な手法により集約する
- Wikipedia型:多数の参加者が分散的に執筆しつつ、全体として継続的に成長する文書を公開する
参加と集約のアーキテクチャの両方が関係する問題であり、民主主義や政治参加などでも多くの試みがあります。
実践知の集合的知識管理(CKMoP)
DiHuCoが目指すのは、実践知の集合的知識管理(CKMoP:Collective Knowledge Management of Practice)と呼ぶサイクルです。コミュニティが語りを集める収集から、生成・構造化・蓄積・利用を経て、読者が自分の現場で実践を進め、それが新たな収集につながります。
この円環は生成のところで詰まっていました。集約や調整を人間が担う負担も大きなものでした。生成AIが変換コストを劇的に下げることで、語られたことが書かれるようになり、生成から利用までは機械が担い、収集と実践が人間とコミュニティに残ります。
北本氏は、ガイドラインをコミュニティを対象としたナレッジマネジメント(知識管理)の問題と捉えました。情報学(AI)や経営学(組織)で長年扱われてきたテーマですが、集合的知識管理(CKM)はネットとAIによる柔軟性を活かして参加と集約のアーキテクチャを拡張する点が異なり、厳密な体系化が難しい実践知はAIによる「やわらかい構造化」の恩恵を特に受けると述べました。
DiHuCoガイドラインシステムの全体構成
DiHuCoガイドラインシステムは、DiHuCo研究実践ハブのガイドライン作成を支援するシステムであり、AI(エージェント)による執筆・編集の実験プロジェクトです。全体構成は、記事編集部とガイドライン編集部の間を知識ベースがつなぐ形をとります。記事編集部は講演の記録から作った記事やミニ記事、公式サイトの情報を知識ベースに登録し、ガイドライン編集部はそれらを見渡して線を引きます。
ガイドライン編集部は、裁定係と出版係からなる人間課と、制作係・校閲係・支援係からなるAI課に分かれます。AI課には執筆・改訂、規範・重複・範囲・整合・根拠、査定・提案の各担当が置かれています。

知識ベースには、Markdown形式の記事を章ごとにチャンク分割して蓄積し、ベクトルとキーワードのハイブリッド手法で検索できます。やわらかく構造化した実践知のアーカイブを目指しています。
記事生成のワークフロー
記事編集部では、講演の文字起こしと講演資料を素材に、生成AI(Claude)で記事に構造化し、知識ベースに登録して公開します。
- 素材の準備:録音から文字起こしを作り、講演資料からテキストを抽出する。両者に齟齬がある場合は講演資料を優先する
- 記事生成:プロンプトを与え、ある程度決まった形式の記事をAIが執筆する
- AIレビュー:生成された記事をAIがレビューする
- 講演者レビュー:講演者本人が内容を確認する
- 知識ベースに登録:実践知のアーカイブとして蓄積する
北本氏は素材による品質の差を興味深い点として挙げ、講演資料だけから作る場合に比べ、講演の文字起こしを入れた方がずっと良い品質になると述べました。口頭の説明には話し手が何を強調しているかが表れており、記事の重点を取りやすくなるためです。
一方、記事生成とAIレビューに共通する課題として、生成AIが素材にない情報を書き加えてしまう問題があります。
Agentic Publishingとは何か
知識ベースへの標準的なアクセス方法として、キーワード検索とRAGによるAIチャットを提供しています。ただしAIチャットは柔軟である反面、固定的な出力が得られません。データセットについて尋ねれば記事から取り出して紹介してくれますが、全体として何をやるべきかには答えられず、ガイドラインとしての「線」が通りません。出版物としてのガイドラインを作る方法がAgentic Publishingです。
これは、人間が指定した構造に沿ってAIエージェントが知識ベースから記事を選び、成果物を構成するプロセスです。生成結果は、校閲係のエージェントが重複・食い違い・根拠の不足といった多観点で検査します。支援係は修正を提案し、人間課が裁定して差し戻すと、再ビルドや候補内修正が行われます。正本である構造を書き換えるのは人だけです。検査で見つかった問題点は編集レシピに反映し、以後の生成に活かします。知識ベースの成長を反映して再生成するLiving Documentとしても運用できます。

編集レシピとAI生成構造
編集の作業に必要なものが編集レシピです。北本氏は料理にたとえ、素材(知識ベース)から料理(出版物)を作るノウハウがレシピであり、出来上がった料理に手を加えるのではなくレシピを変えて作り直すのだと説明しました。編集レシピには、章節構造や各節に書く・書かない内容を指定する構造、制作と校閲それぞれのエージェント指示、表記揺れに対して使うべき表記やその意味を定める用語ファイルが含まれます。
その核心がAI生成構造です。Markdown形式でガイドラインの全体構造を指定し、YAML Front Matter block形式でAI生成部の構造を指定します。各節には、識別子、その節で何を述べるかの指示、検索語、扱わない範囲の指定を書き、その内容に基づいて知識ベースを検索して関連チャンクを抽出します。たとえば地図とは何かを述べる節では、地理情報システム(GIS)には触れないという範囲指定を置き、GISは別の節で扱います。

ガイドラインの版と権利
ガイドラインは三つの版で管理します。作業版(Draft)は常に更新され、AIによって内容も書き換えられるため引用には向きません。候補版(Candidate)は作業版を凍結した版で、以後はコミュニティからの提案に基づく修正を行います。承認版(Approved)はコミュニティの承認を得た版で、以後は更新せず安定した引用も可能です。この状態遷移は、インターネットの執筆プロセスであるIETF RFC(Request for Comments)を参照しています。
権利の所在は論点として残ります。ガイドラインが参照する記事は、講演者とDiHuCoの共同著者としてCC BYライセンスで公開します。一方、記事を元にAIが再構成して執筆した部分には著作権が生じないのではないか、と北本氏は問いを示しました。他方で構造は人間が指定したものであり、その編集部分には著作性があるとも考えられます。全体はCC BY-NC相当のライセンスで公開する方針ですが、著者は誰か、権利はどこに宿るかは今後の議論が必要だと述べました。
共創的なガイドラインへ
北本氏は、実践知に関する講演から記事を生成し、講演者のレビューを経て公開した記事を知識ベースに登録してガイドライン作成に活用する循環を、共創的なガイドラインに向けた流れとして示しました。講演をしていただける方が増えるほど、この循環は広がります。
同システムは研究実践ハブのガイドライン作成で実証実験を進めており、似たようなユースケースは他にもあるはずだとして、今後も開発を進めたいと述べました。講演の時点では実験的に公開したテスト段階です。
講演情報
- イベント:DiHuCoハブシンポジウム2026:Agentic DHに向けて~人文学×AIの多様化とAI協働型研究の広がり
- 講演日:2026-08-07
- 講演者:北本 朝展(ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター/国立情報学研究所)
- 講演資料:人文学研究データリポジトリ(doi:10.20676/00000470)
- 講演動画:YouTube
関連リンク
- DiHuCo研究実践ハブの紹介〜地理・地誌データの公開
- DHコンソーシアムプロジェクト(DiHuCo):研究実践ハブ/地図・地誌類領域
- DiHuCo Guideline System
- Juan de Alcega - Libro de Geometría, Práctica y Traça - The Metropolitan Museum of Art
- Guideline - Etymology, Origin & Meaning
この記事は、講演記録を基に生成AIを利用して作成したユースケース記事です。