災害の記録と記憶の継承は、時間が経つにつれて担い手が減り、記録の文脈が失われていくという構造的な困難を抱える。その困難に向き合うとき、アーカイブを「作る」作業と地域社会の活動を切り離さないことが、実践上の焦点になっている。

被災地に足を運ぶことが開く理解

記録を画面で閲覧することと、被災地に身体を運ぶことは、もたらされる理解の質が異なる。阪神・淡路大震災20周年の2015年に実施された取り組みでは、震災直後の記録写真をオープンデータとして公開し、現在の同じ場所を撮影する活動が現地で行われた。2015年1月17日にはインドネシア・アチェの参加者と、2月1日にはCode for Kobeのメンバーとそれぞれ実験を行っている [UC-004 §フィールドワークへの活用:メモリーハンティングと災害アーカイブ]。

この実践のなかで確認されたのは、震災を直接知らない子ども世代もアプリにすんなり馴染み、文章の説明を読むよりも実際に使う方が直感的に理解できるという点だ [UC-004 §フィールドワークへの活用:メモリーハンティングと災害アーカイブ]。現場に立って想像を巡らせること自体に意義があり、この活動はオンラインでは完結しない [UC-004 §フィールドワークへの活用:メモリーハンティングと災害アーカイブ]。被災のビフォーアフター写真を手がかりに現地へ赴くという形式が、防災教育の場面で震災を知らない世代に届く回路になりうることを、この実践は示している。同一構図撮影の技法的な詳細は「写真という資料」を参照。

活動サイクルとしてアーカイブを育てること

記憶の継承を考えるとき、アーカイブを一度完成させるという発想より、地域の活動そのものをアーカイブの生成源として位置づける発想の方が持続力を持つ。楽しむ・集める・考える・伝えるという要素を循環させるサイクルを描くことで、景観学習の活動からコミュニティアーカイブへとつながっていくことが展望として示されている。その視点の中心にあるのは、実世界である地域社会に軸足を置き、デジタルアーカイブされた資料をいかに実世界とつなぐか、という問いだ [UC-005 §知見と展望]。

資料がどれだけ整備されても、地域社会の活動と切り離されたままでは記憶の継承に届かない。活動の結果としてアーカイブが整理され、新たなアーカイブが生み出される流れが重要だという指摘は [UC-005 §知見と展望]、時間の経過とともに担い手が減っていくという問題への一つの応答でもある。記録が地域の文脈のなかで参照され続ける仕組みを活動サイクルに埋め込むことが、記憶をつなぎとめる回路になりうる。

収集した記憶を写真資料のメタデータの充実に活用できる可能性も示されており [UC-005 §デジタルアーカイブを活用したイベントの開催]、この点は災害アーカイブ固有の文脈でも有効な観点となる。記憶収集の形式——写真展・インタビュー・トークイベント——それぞれの強みと限界の比較については「地域とともに進める」を参照。