官と学の連携がつくる歴史地震の震度分布図
災害の記録に研究が関わる形として、歴史地震の震度分布図づくりを共同で進める事例がある。地震研究所と史料編纂所は共同研究のためのバーチャルな部局を設け、史料の電子化や震度分布データの整備に取り組んでいる [UC-047 §はじめに]。これは官と学の連携の事例であり、住民が参加するアーカイブとは性格が異なる。「民」が加わる災害固有の連携は、紐づく記事に記述がない。
目指されているのは、現代の地震であれば気象庁がすぐに公表する震度分布図の歴史地震版を数多く作ることである [UC-047 §歴史地震の震度分布図をつくる]。江戸時代以前の地震では、当時の人々が体験して書き残した文書の記述から推定する。家が倒れた、強く揺れた、弱く揺れたといった記述を震度の尺度に変換して地図にすると、強く揺れた範囲の中心付近に震央があると推測でき、その広がりから規模もある程度推定できる [UC-047 §歴史地震の震度分布図をつくる]。そのために、くずし字史料を翻刻してテキストデータにし、現代語訳しながら被害や揺れの記述を抜き出す。「夜四ツ時過ゟ大地震にはかにゆり出し」を「夜四ツ時(午後十時頃)過ぎから大地震で急に揺れはじめた」と読み替える作業がその一例である [UC-047 §歴史地震の震度分布図をつくる]。
史料から知りたいのは、いつ・どこで起きたか、被害や揺れの分布、そして何が起きたかである。何が起きたかには、被害の程度・様相や、港の水深変化・井戸水の変化といった揺れ以外の情報、人々や社会の対応が含まれる。こうした情報は、将来起こりそうなことを考える防災の観点からも大事だとされている [UC-047 §歴史地震の震度分布図をつくる]。
被災の記録を地図にする研究
1923年の関東大震災については、東京都慰霊協会が所蔵する「震災死亡者調査表」約3万8千名分の住所をジオコーディングし、空間分布を地図化して、被害の要因や社会的背景を探ろうとする研究がある [UC-032 §はじめに]。現地を訪ねる行為そのものではなく、被災の記録を扱う研究の例である。被災地を訪ねるときの倫理や現地での振る舞いへの配慮は、紐づく記事に記述がない。
活動のサイクルとしてアーカイブを育てる
住民が参加するアーカイブをどう育てるかについて、景観写真の活動から出てきた構想がある。景観写真を地域社会の課題や未来を考えるための資料と位置づけ、問いの中心は、デジタルアーカイブされた資料を実世界である地域社会にどうつなぐかにある [UC-005 §知見と展望]。そのヒントは「活動」の共有にある。活動の結果としてアーカイブが整理されたり、新しいアーカイブが生み出されたりする流れが重要で、この流れがまちづくりへ広がり、景観学習の活動からコミュニティアーカイブへつながることが期待されている。展望として示されたのは、楽しむ・集める・考える・伝えるという要素を循環させるサイクルである [UC-005 §知見と展望]。
この循環の骨組みは、地域資料を出発点とする。そこから展示会・まち歩き・セミナーなどの催し、メモリーグラフによる今昔比較の企画、成果のアーカイブ化へと順に巡らせ、地域課題の発見から発信、アーカイブへとつなぐ [UC-005 §活動のフレームワークと展開]。位置づけとなる問いは、歴史的町並みの継承や地域の社会的インフラの変化について「なにを伝えていけるか」である [UC-005 §活動のフレームワークと展開]。催しで人が集まり、今昔の比較で何が変わったかを考え、その成果がアーカイブとして残ると、そのアーカイブが次の催しの出発点になる。この巡りがアーカイブを整理されたものへ育てていく。
活動の結果としてアーカイブが整っていく筋道は、別の記事でも、景観学習からコミュニティアーカイブへのつながりの展望として示されている [BP-002 §写真を介した対話と記憶の共有]。活動がまちづくり団体・大学・学校へ広がった経過は、節「地域とともに進める」を参照。なおこれは景観写真の活動に基づく構想であり、災害の実践で検証された成果ではない。
防災教育への接続
防災教育への接続は、今後の展開として語られた段階にある。被爆80年を迎える長崎で、原爆被災のビフォー・アフターを扱う教育啓発ツールや、被爆地観光のフィールドツールとしての活用を探る方向が示されている [UC-006 §今後の展開]。実践の成果として報告されたものではなく、学校教育での位置づけや効果の検証は紐づく記事に記述がない。
記憶を次の世代へ渡す
古写真と現在の風景を重ねる体験を、記憶の働きから三つの局面に整理した例がある。過去の撮影場所を現在の場所で探す記憶探索(MH)、古写真と現在の撮影場所を重ねて過去の記憶を仮想的に現実化する記憶現実(MR)、重なった現在の写真を記録する記憶記録(MG)である [UC-006 §「記憶」概念の整理:MH・MR・MGと「像覚」]。過去の風景の記憶を現在の場所に重ねて残していく営みと言える。影像の記憶を扱う認識概念として「像覚」という用語も提案されている [UC-006 §「記憶」概念の整理:MH・MR・MGと「像覚」]。この三局面は長崎の古写真を扱う研究室の整理であり、災害の記憶継承の実践に固有のものではない。
多くの人が同じ場所で古写真に重ねて撮影すると、何が保存され何が変化したかを同一構図撮影によって発見できる [UC-016 §Memorygraphアプリによる景観の変化の把握]。写真を通時的に扱う一般的な論点は節「写真という資料」が述べており、災害に固有の撮影手順は紐づく記事から導けないため、本節では書かない。
現地に身体を運ぶこと自体に価値を見る立場もある。災害のビフォーアフター写真では、現場に実際に行って想像を巡らせること自体に意義があり、オンラインでは完結しない [UC-004 §フィールドワークへの活用:メモリーハンティングと災害アーカイブ]。阪神・淡路大震災20周年の2015年には、震災直後の記録写真を使って現在の同じ場所を撮影する活動が行われた。震災を直接知らない子ども世代もアプリにすんなり馴染み、文章の説明を読むより実際に使う方が直感的に理解できることが確認されている [UC-004 §フィールドワークへの活用:メモリーハンティングと災害アーカイブ]。
時間の経過と記録の難しさ
過去の記録には曖昧さがあり、現代のようにコード化・標準化・数値化されていない。存在しない記録を補うには慎重な判断が要り、曖昧さは複数のデータを突き合わせたり比べたりすることで解消できる場合もある [UC-044 §歴史ビッグデータの夢と]。これは歴史ビッグデータ全般の品質をめぐる議論であり、災害の記憶継承が時間とともにどう難しくなるかを直接論じたものではない。