研究者が地域の人と現地を歩き、写真を手がかりに語り合う。この営みは、研究として成り立つことと、催しや授業として成り立つことを同時に満たす設計を要する。以下では、参加の設計、現地で起きること、参加者が主体になる構造、連携先との関係、記憶収集の形式の選び方、研究が地域から受け取るものの順に述べる。
参加の設計:誰を誘い、何を持ち込むか
同じ手法でも、誰を対象にするかで企画は大きく変わる。大阪大学D3センターの実践は、2017年頃の展示会・トークイベント中心の段階から、特定地域のまちづくり団体を対象にした実証実験、大学生による企画、中学生との授業へと、対象を替えながら重心を移してきた [UC-005 §活動のフレームワークと展開]。
観光施設の事例では、応募の入口そのものが設計の一部になっている。グラバー園の「スマホで古写真ハンティング」は応募をGoogleフォームに限定し、フォームを操作できる程度のスマホ利用力を応募段階で確認した。告知は新聞、公式HP、公式SNS、市の公式LINEを使い分けた [UC-030 §イベントの企画と参加者募集]。事前メールでは、自分のスマホの持参、位置情報のオン、通信費の自己負担、小学生以下は保護者同伴、公共交通機関の利用を伝えた。位置情報のオンに抵抗がある人が混ざると当日の運営が成り立たないため、この点は応募段階で合意を取っている [UC-030 §事前案内・配布冊子と街歩きの運営]。当日は散策冊子を配り、アプリで紹介しきれない見どころを持ち帰れる形にした。スマホに含まれない建物情報は、ガイドが紙のファイルで補っている [UC-030 §事前案内・配布冊子と街歩きの運営]。
この事例の参加者は、最大30名の想定に対して11名にとどまった [UC-030 §イベントの企画と参加者募集]。前提とする操作力を応募段階で確かめる設計は、運営を安定させる一方で、誰にでも開く形とは緊張関係にある。
誘導の厚みも設計の要点になる。長崎の実証実験の参加者アンケートは、学習・影像重複・物語・場所誘導・空間認識の五つの観点を挙げ、地域の古写真への関心は世代を超えて高いものの、面白く感じてもらうには解説など発見の手がかりが重要であると整理している。ある程度のところまではマニュアルやガイドで撮影ポイントへ誘導して模範解答を示し、被写体と古写真が重なる最後の場面では細部まで誘導する必要があるという [UC-006 §参加者アンケートから得られた知見]。アプリ単体では機能を活かしきれず、解説、誘導、物語といった付加価値が欠かせないという見解も、同じ報告に示されている [BP-002 §解説と誘導を組み込んだ体験の設計]。
現地で起きること
教え合い、引き出される記憶
写真を手に現地へ出ると、参加者のあいだでやり取りが始まる。グラバー園の街歩きでは、初めて使うアプリの操作に時間がかかる参加者を周囲が自然に教え、撮影の位置取りを共有し、よく撮れた写真を見せ合った。スマホは本来個人的な道具だが、それをめぐって学び合う空間が成立している [UC-030 §ツアー形式の実施で得られた手応えと相互作用]。
世代をまたぐ関係は、まちづくり団体の体験にも現れた。スマホの扱いは若者が得意で、地域の知識は高齢者が豊富という交差する関係があり、世代間のコミュニケーションのきっかけになりうる、という意見が出ている [UC-005 §メモリーグラフの4つの意義]。飛騨古川では、大学生が撮影場所を特定できなかった写真を「SOS」として中学生に託し、生徒が地域の人に聞き取りをして場所を見つけてきた [UC-005 §飛騨古川での中学生との景観学習プロジェクト]。
その場で記憶が引き出される場面もある。グラバー園の参加者には、以前この地域で暮らしていた人や、親戚が暮らしていて通っていた人がいて、書籍や資料にはない記憶に基づく話で盛り上がった。70代の男性参加者の活き活きとした表情からは、アプリが回想法のように昔の記憶をたどる手がかりとして働く可能性が見えたという [UC-030 §ツアー形式の実施で得られた手応えと相互作用]。まちづくり団体からも、高齢者福祉施設や同窓会・法事など人の集まる場で昔話のツールになりうるという意見が出ている [UC-005 §メモリーグラフの4つの意義]。
身体を運ぶことでしか得られない理解
現地で撮ることには、画面の上の比較とは別の理解がある。まちづくり団体の参加者は、Googleストリートビューでも今昔の比較はできるが、車で走りながら流して撮るのと、自ら構図を決めて撮るのとでは写真の持つ価値が異なると述べ、現地でこそ土地の質感や細かな変化を感じ取れると語った。重要伝統的建造物群保存地区の祇園新橋では、全体の印象は変わらないものの細部には多くの変化があり、所有者の努力によって全体の美しさが保たれているという気づきも報告されている [UC-005 §課題と気づき]。
古写真との比較は「良かった過去」を懐かしむだけに終わらない。アスファルト舗装が石畳に変わるなど、質を高める工事の成果としての「良くなった今」にも気づける点が、まちづくり団体から指摘された [UC-005 §メモリーグラフの4つの意義]。
受け手から主体へ
景観学習は、参加者が受け手にとどまらず主体になる構造として設計できる。大阪大学の実践は、廣瀬隆人による「地域を学ぶ」営みの3つの側面を足場にしている。暮らしの場としての地域を科学的・体系的に捉えること、地域を知って再発見・再評価し、暮らしやすく変えていくエネルギーを育てること、そして自分の住む町を学ぶことでその地に生きる意味を見出す主体形成である。景観写真から景観を読み解く体験は、自らの立脚地としての地域と自らを結び直すことにつながると位置づけられる [UC-005 §景観と地域学習の捉え方]。
主体になる度合いは、企画の段階で測れる。大学生による景観学習イベントは、NPO法人京都景観フォーラムの講座を受講した4回生が、対象を学生、目的を景観や町並みへの興味の喚起と仲間探しに設定して企画した。現地下見で候補地を絞り、観光客の多い清水エリアは不適と判断して岡崎エリアに決め、チラシ、申込フォーム、会場予約、当日用のプロジェクト作成まで担っている。参加者からは新しい視点でまち歩きができたという声が、企画した学生からは、自分たちでルートや写真を考えることで地域をより深く考えるきっかけになったという声が出た [UC-005 §大学生による景観学習イベントの企画・実践]。
飛騨古川の中学生との授業は、この構造を段階化している。第1回は撮影場所を探す宿題、第2回は今昔写真を集めるゲーム、第3回は自分たちが良いと感じた場所を10カ所ほど撮影して「マイタウントレイル」を描く作業、第4回は地域の人を実際に案内するまち歩きである。受け取る側から、地域を編集して案内する側へと進んでいく。報告者は、中学生だからできないことはなく、むしろ教えてもらうことも多かったと振り返っている [UC-005 §飛騨古川での中学生との景観学習プロジェクト]。
連携先との関係と摩擦
連携先は、事業者、観光組織、学校、まちづくり団体と多岐にわたる。飛騨の授業は、飛騨市役所まちづくり観光課と古川中学校のマイプロジェクト(地域貢献の課外授業)が主催し、大学や研究機関が協力する形をとった [UC-005 §飛騨古川での中学生との景観学習プロジェクト]。デジタルアーカイブの専門組織との連携は、継続的な公開と管理、技術的な支援、既存のアーカイブシステムの流用による経費と時間の削減をもたらした [UC-005 §京都の鉄道・バス写真データベースの構築]。
摩擦は、連携を通じて次々に表面化する。第一は、地域の側が古写真を整理し続ける負担である。まちづくり団体からは、写真を誰でも引き出せるよう整理する手間、サーバー管理を含む費用や人手、責任の所在が課題として挙がった。被写体によっては周囲の風景が写らず、観光客にはより古いものが期待されるといった素材選定の難しさもある [UC-005 §課題と気づき]。一方で、収集や整理の過程そのものをまちづくり活動の一部として位置づけられるのではないか、写真にストーリーを添えればまち歩きの切り口が増えるのではないか、という提案も同じ場から出た [UC-005 §課題と気づき]。
第二は、地域の側が写真を使う目的の違いである。古くから住む人は地域の成り立ちをよく知る一方で新鮮さを感じにくく、むしろ新しく移り住んだ人、商売を始める人、観光客に魅力を伝えるツールとして使いたいという意見が寄せられた [UC-005 §メモリーグラフの4つの意義]。研究側の関心と、地域側が使いたい場面とは、必ずしも一致しない。
第三は、不特定多数が参加する場での写真共有である。グラバー園では、イベント終了後に参加者の一人から、他の人がアップロードした写真が自分の画面に表示されるのを消せないかという相談が届いた。写真を共有したいか、他人の写真を見たいかには個人差があり、一律の設定では対応しきれない。個人単位で閲覧範囲を制限できる設定が必要だと開発側に伝えたところ、「非表示」モードが追加された [UC-030 §写真共有機能をめぐる課題と対応]。
研究としても催しとしても成り立たせる
研究と催しの両立は、運営側が参加者の戸惑いを先回りして取り除くことでも支えられている。グラバー園の街歩きでは、運営側がイベント前にアプリを操作する中で、初めての参加者にとって分かりにくい点が見つかり、開発者に依頼して三つの更新を加えた。現在地から目的地までのルートと所要時間を示す道順表示、古写真を重ねる操作を指のジェスチャーで案内する透過調整のガイダンス、古写真と構図を合わせる目印を示す撮影時のポイント表示である。いずれも運営側の事前準備で見つかった点であり、初めて訪れる土地で、初めてアプリを使う参加者が戸惑わないようにするためのものだった [UC-030 §イベント運営に向けたアプリ機能の改善]。
イベントの形式は、記憶の収集とも噛み合わせなければならない。大阪大学の実践は、展示会、トークイベント、聞き取りを重ねるなかで、記憶を収集する手法ごとの長所と短所を整理した。写真展は不特定多数から記憶の断片を集められるが、双方向のやり取りがないため情報の深度が浅くなりがちである。インタビューは双方向で深く集められるが、対象にできる人数は限られる。トークイベントは会場とのやり取りのなかで思い出を引き出し、参加者の一体感を得られるが、情報発信の性格が強く、アーカイブの価値や意義を伝えるのに向く一方、収集にはあまり向かない。いずれの形式でも参加者の記憶や体験を集められ、集めた記憶は写真資料のメタデータの充実に活用できる可能性が示されている [UC-005 §デジタルアーカイブを活用したイベントの開催]。
つまり、一つの形式で深さと広がりと発信を同時に満たすことはできず、形式を組み合わせて設計する必要がある。たとえば写真展で広く断片を集め、まち歩きやトークの場で記憶を引き出し、深く聞き取りたい相手にはインタビューを重ねる、といった役割分担が考えられる(この組み合わせ方は、各形式の特徴を踏まえた編集上の整理である)。
研究が地域から受け取るもの
研究の側が地域から受け取るものは、まず資料そのものである。市電の写真で撮影場所を同定する作業では、北野線沿いのバス車庫がもとは市電車庫だったことを知っているといった地域の知識が手がかりになる [UC-005 §京都の鉄道・バス写真データベースの構築]。同定作業は、写真情報を知らない人にとって単なる事実確認にとどまらず、場所への理解や歴史的認識を深め、地域の価値を再発見・再評価する機会にもなる [UC-005 §京都の鉄道・バス写真データベースの構築]。
次に、記憶である。会場や現地で語られる記憶は、書籍や資料にはない内容を含み [UC-030 §ツアー形式の実施で得られた手応えと相互作用]、集めた記憶は写真資料のメタデータの充実に活用できる可能性がある [UC-005 §デジタルアーカイブを活用したイベントの開催]。
三つ目は、地域の側の問いと視点である。古写真の素材選定で挙がった論点や、世代を横断した使い方の提案は、研究の側が想定していなかった使い道として返ってきた [UC-005 §課題と気づき]。授業では、企画した大学生や中学生から、研究者が教えられる場面もあった [UC-005 §飛騨古川での中学生との景観学習プロジェクト]。参加者の声が道具の更新につながった一例が、グラバー園で相談を受けて加わった写真の非表示機能である(前述の摩擦の項を参照) [UC-030 §写真共有機能をめぐる課題と対応]。
最後に、活動そのものが、地域の資料・記憶・視点として研究に返ってくる [UC-005 §知見と展望]。この循環の全体像は節「防災と災害の記憶」を参照。