研究者が地域に出て、地域の人と何かをすることで、資料の読み直しと地域の自己理解が同時に進む。今昔写真のデジタルアーカイブを手がかりに、まち歩きの催し、ワークショップ、中学生との授業へと展開した実践は、「誰が教え、誰が学ぶか」という前提を繰り返し揺さぶってきた。

誰を誘い、何を持ち込むか

参加の設計は実践ごとに固有の判断を要する。京都市内の3つのまちづくり団体を対象とした実証実験では、約2時間のワークショップを「趣旨説明 → 現地でのメモリーグラフ体験 → アンケートと意見交換」という流れで設計し、14名が参加した [UC-005 §まちづくり団体を対象としたメモリーグラフの実証実験]。長崎のグラバー園では、街歩きイベント「スマホで古写真ハンティング」をGoogleフォームによる事前申込制で実施した。Googleフォームを操作できる程度のスマホ利用力を応募段階で確認する意図があり、位置情報オンへの合意も事前に取り付けた。「特に位置情報のオンに抵抗がある方が含まれると当日の運営が成立しない」という判断が、この事前合意形成の設計の根拠になっている [UC-030 §事前案内・配布冊子と街歩きの運営]。告知には新聞・公式SNS・公式HP・長崎市公式LINEを使い分け、最終的に平均年齢48歳・最高齢77歳・最年少10歳という幅の広い11名が集まった [UC-030 §イベントの企画と参加者募集]。

現地に何を持ち込むかも、実践ごとに工夫されている。グラバー園ではA4用紙2つ折りの散策冊子を配布し、アプリで紹介しきれなかった古写真の見どころをテキストで解説したうえ、参加者が持ち帰れる紙のお土産として機能させた [UC-030 §事前案内・配布冊子と街歩きの運営]。アプリが対応していない建物情報や周辺の見どころは、ガイドが紙のファイルで補った [UC-030 §事前案内・配布冊子と街歩きの運営]。大学生向けの京都のイベントでは、企画者自身がメモグラ・マネージャでプロジェクトを作成し、現地下見用と当日用を使い分ける形で準備を進めた [UC-005 §大学生による景観学習イベントの企画・実践]。

現地で何が起きるか——世代をまたぐ教え合いと引き出される記憶

まちづくり団体との実証実験で浮かんだのは、スマホの扱いは若者が得意で高齢者は苦手、逆に地域の知識は高齢者が豊富で若者は知らない、という交差する関係だった。この非対称が世代間のコミュニケーションのきっかけになりうるという指摘が、参加者から寄せられた [UC-005 §メモリーグラフの4つの意義]。

グラバー園の街歩きでも同様の構図が現れた。初めてのアプリで操作に時間がかかる参加者が出たとき、周囲が自然に教え合う場面が生まれた。本来は個人的な道具になりがちなスマホをめぐって学び合う空間が成立し、どこから撮ればよいかという情報が参加者同士のあいだで自然に共有され、うまく撮れた写真をお互いに見せ合う「共有・共感」も生まれた [UC-030 §ツアー形式の実施で得られた手応えと相互作用]。

参加者の記憶が現地で引き出される場面も複数報告されている。グラバー園のイベントでは、「以前この地域で暮らしていた」「親戚が通っていた」という参加者が書籍や資料にはない話で盛り上がり、70代の男性参加者の表情からは、アプリが回想法のように昔の記憶をたどる手がかりとして機能する可能性が垣間見えた [UC-030 §ツアー形式の実施で得られた手応えと相互作用]。ガイドスタッフからも、アプリに収録されていない情報や地元ならではの「ここだけの話」を伝える時間が生まれた [UC-030 §ツアー形式の実施で得られた手応えと相互作用]。

一方、京都の写真展では、来場者の記憶の断片を集めることができたものの、写真展形式では双方向のやり取りがないため情報の深度が浅くなりがちだという限界も確認されている [UC-005 §デジタルアーカイブを活用したイベントの開催]。

身体を現地に運ぶことでしか得られない理解があるという指摘は、複数の実践から共通して現れる。Googleストリートビューでも今昔比較はできるが、車で走りながら流して撮るのと、自ら構図を決めて撮るのとでは写真の持つ価値が異なり、現地でこそ土地の質感や細かな変化を感じ取れるという声が、まちづくり団体との体験から報告されている [UC-005 §課題と気づき]。景観をうまく読み取る技術はその場所についての知識に依存し、場所をよく知っていればどこから撮ればよいかを容易に判断できるが、知らなければ理解に時間がかかる [UC-016 §景観を「読む」ための新しい技術]。この非対称を逆手にとって、地域をよく知る人から学ぶ場をつくること自体が、参加の設計の芯にある。

参加者が主体になる構造

廣瀬隆人が整理した「地域を学ぶ」3つの側面——地域を科学的・体系的に捉えること、地域を暮らしやすく変えるエネルギーを育てること、自らの立脚地として地域と自分を結び直すこと——は、髙橋彰氏の実践全体の枠組みとして引かれている [UC-005 §景観と地域学習の捉え方]。景観写真から景観を読み解く体験が、この3つの側面につながると位置づけられている。

この枠組みが最も鮮明に現れたのが、飛騨市立古川中学校のマイプロジェクト(地域貢献の課外授業)として実施した4回のワークショップだった。撮影場所を探す「挑戦状・SOS」形式の活動から始まり、ゲーム形式での今昔写真収集、「マイタウントレイル」の作成、地域の人々を迎えたまち歩きへと積み上がった [UC-005 §飛騨古川での中学生との景観学習プロジェクト]。第1回では、大学生が特定できなかった写真を「SOS」として中学生に渡し、生徒が地域の人に聞き取りをして撮影場所を見つけてくるという場面があった——大学生が教える側ではなく、教わる側に回った瞬間である [UC-005 §飛騨古川での中学生との景観学習プロジェクト]。第4回の地域の人々とのまち歩きでは、中学生が自分たちの取り組みを発表し、実際に案内役を務めた。髙橋氏は「中学生だからといってできないことはなく、むしろこちらが教えてもらうことも多々あった」と振り返っている [UC-005 §飛騨古川での中学生との景観学習プロジェクト]。

大学生が企画から運営までを担った京都のまち歩きでも、「自分たちでルートや写真を考えることで、より深く地域について考えるきっかけになった」という企画者側の声が報告されている [UC-005 §大学生による景観学習イベントの企画・実践]。参加・企画のいずれの立場でも、地域への向き合い方が変わる経験になったという。

事業者・観光組織・学校との連携で生じること

グラバー園での実践は、観光施設が主催し学芸員が運営を担うかたちで進められ、50周年記念事業との接続があり、長崎新聞の取材も入った [UC-030 §事前案内・配布冊子と街歩きの運営]。観光施設としてオープン型のイベントを実施した経験が少なかったことから、事前案内を入念に行い、集合場所・参加費・注意事項をメールで送付する体制を整えた [UC-030 §事前案内・配布冊子と街歩きの運営]。

イベント終了後、写真の共有設定をめぐって参加者から相談が届いた。他の参加者がアップロードした写真が自分の画面に表示されることへの抵抗感で、不特定多数が参加するイベントでは写真を共有したい・したくないという感覚に個人差があり、一律の共有設定では対応できないことが分かった [UC-030 §写真共有機能をめぐる課題と対応]。この問題はアプリ開発者への連絡によって「非表示」モードの追加という形で対応された。観光組織との連携が、ツールの改善を引き出した事例でもある。

京都のまちづくり団体との実証実験では、古写真の収集と整理の手間、サーバー管理を含む費用・人手・責任の所在、被写体によっては周囲の風景が写らないといった素材選定の難しさが挙げられた [UC-005 §課題と気づき]。これに対し、収集や整理の過程そのものをまちづくり活動の一部として位置づける可能性が指摘されており、摩擦を活動の資源として読み替える方向性が示唆されている [UC-005 §課題と気づき]。

飛騨古川の実践では、大学・市役所・学校・NIIという複数の組織が関わり、共同研究者として立命館大学・新潟大学の研究者が参加している [UC-005 §飛騨古川での中学生との景観学習プロジェクト]。授業として成立させる責任を学校が負い、研究として成立させる枠組みを大学と研究機関が支えるという役割分担が、この体制を可能にしている。

記憶収集の形式をどう選び、組み合わせるか

写真展・インタビュー・トークイベントそれぞれに一長一短があることは、実践を重ねるなかで見えてきた [UC-005 §デジタルアーカイブを活用したイベントの開催]。写真展は不特定多数から記憶の断片を集められるが深度が浅くなりがちで、インタビューは深く収集できるが対象にできる人数は限られる。トークイベントは会場との双方向のやり取りのなかで参加者の一体感を生み、アーカイブの意義を伝えるのに向くが、情報の収集にはあまり向かない。どの形式も目的によって使い分けが必要であり、形式の選択それ自体が研究と催しの両立を左右する。

この選択は、研究として何を目指すかと、催しとして何を成立させるかを切り離さずに考えることを求める。髙橋氏の活動は「楽しむ・集める・考える・伝える」を循環させるサイクルとして構想されており、活動の結果としてアーカイブが整理されたり新しいアーカイブが生み出されたりする流れが重要だという指摘がある [UC-005 §知見と展望]。この構想は、催しとアーカイブ構築という研究目的を同一の設計のなかに置くことを意味している。

地域から受け取るもの

「こちらが教えてもらうことも多々あった」という髙橋氏の言葉は、研究の側が地域から受け取るものについての具体的な証言だ [UC-005 §飛騨古川での中学生との景観学習プロジェクト]。飛騨古川では、大学生が特定できなかった写真の撮影場所を、中学生が地域の人への聞き取りによって突き止めた。地域の知識がデータベースの空白を埋め、アーカイブ自体が豊かになる。

京都の実践でも同様の方向が見えていた。古写真の撮影場所を同定する作業には、北野線沿いのバスの車庫(もとは市電車庫)の存在を知っているといった地域の知識が鍵を握る場面があった [UC-005 §京都の鉄道・バス写真データベースの構築]。市電の専門家・文化財保護の専門家・京都市役所の職員が研究チームに加わり、写真の撮影場所を議論しながら同定を進めた体制は、地域の知識なしにアーカイブは成立しないという前提のうえに成り立っている [UC-005 §京都の鉄道・バス写真データベースの構築]。

グラバー園のイベントでも、「以前この地域で暮らしていた」「親戚が暮らしていた」という参加者が、書籍や資料にはない記憶を持ち込んだ [UC-030 §ツアー形式の実施で得られた手応えと相互作用]。現地に出て人を集めることで、資料体が持っていなかった情報の層が加わる。この流れを意図的に設計することが、研究として地域とともに進めることの意味の一つにある。