メモリーグラフを使った活動は、デジタルアーカイブの資料を手に街へ出るという点で共通しながら、景観学習・まちづくり支援・災害記録・観光と、適用される文脈は幅広い。以下では、これらの活動がどのような形で実践されてきたかを、具体的な事例から整理する。
まちづくり団体との実証実験と「コミュニティアーカイブ」の構想
大阪大学D3センターの髙橋彰氏らは2017年頃から、「京都の鉄道・バス写真データベース」を素材として、展示会・まち歩き・セミナーを組み合わせる活動を京都市内で積み重ねてきた [UC-005 §デジタルアーカイブを活用したイベントの開催]。2021年度以降はその重心を、特定地域のまちづくり団体へのフィールドワーク支援へと移し、京の三条まちづくり協議会・鴨川運河会議・祇園新橋景観づくり協議会の3団体を対象にメモリーグラフの実証実験を行った [UC-005 §まちづくり団体を対象としたメモリーグラフの実証実験]。
体験とヒアリングを通じて、まちづくりにおけるメモリーグラフの意義として4点が浮かび上がった [UC-005 §メモリーグラフの4つの意義]。第1は、同じ場所を複数ユーザーが継続的に撮影することで蓄積される景観のアーカイブとしての機能で、保全すべき視点場をあらかじめ登録すれば定点観測として活用できる。第2は、古写真との比較によって「まちづくり活動の成果としての良くなった今」にも気づける現状把握と景観分析のツールとしての機能で、「古いものが良い」という一面的な理解を補正する効果が指摘された。第3は、長く住む人が感じにくくなった地域の魅力を、新住民や観光客に伝える普及・啓発ツールとしての役割。第4は、スマートフォン操作が得意な若者と地域知識が豊富な高齢者とが交差する場面を生み出すコミュニケーションツールとしての機能で、高齢者福祉施設や同窓会・法事など人が集まる場での昔話の起点になりうるとも述べられた。
実証実験では課題も整理された。古写真の収集・整理にかかる手間と費用・人手、責任の所在、素材選定の難しさがその主なものである [UC-005 §課題と気づき]。収集や整理の過程そのものをまちづくり活動の一部として位置づけ、写真にストーリーを添えることでまち歩きの切り口を増やす構想も示された。髙橋氏は活動の展望として、楽しむ・集める・考える・伝えるというサイクルを循環させることで、景観学習の活動がコミュニティアーカイブへとつながっていくことを描いている [UC-005 §知見と展望]。
大学生が企画するまち歩きイベント
2023年度からは、「メモグラ・マネージャ」と「メモグラ・ビューア」を活用し、大学生自身がイベントを企画・運営する段階へと展開した [UC-005 §大学生による景観学習イベントの企画・実践]。NPO法人京都景観フォーラムの講座を受講した大学生(4回生)が、「レトロ⇔モダン 古写真でめぐるまちあるき 平安神宮〜知恩院」と題するイベントを企画し、2024年3月に京都市東山区で実施した。企画段階では、マネージャ上で現地下見用のプロジェクトを作成して候補地を絞り込み、当日用のプロジェクト作成と撮影写真の選定(9枚)まで担った。
参加した学生からは「古写真と同じアングルで撮りながら豆知識を聞くことで新しい視点でまち歩きができた」という声が、企画側からは「自分たちでルートや写真を考えることで地域についてより深く考えるきっかけになった」という声が寄せられた。参加・企画のいずれの立場でも、地域への向き合い方が変わる経験になったことが確認されている。
中学生との景観学習と飛騨古川での実践
2024年度から飛騨市で始まった「飛騨古川・町並みの未来編集部」は、中学生を主体とした景観学習をコミュニティアーカイブへつなぐ試みである [UC-005 §飛騨古川での中学生との景観学習プロジェクト]。飛騨市役所まちづくり観光課・飛騨市立古川中学校のマイプロジェクト(地域貢献の課外授業)を軸に、大阪大学・新潟大学・CODHが協力する体制で進められた。
全4回のワークショップは段階的に構成されている。第1回は1974年・1986年の町並み調査写真(飛騨市所蔵)を素材に撮影場所を探す活動で、大学生が特定できなかった写真を「SOS」として中学生に託し、生徒が地域の人に聞き取りをして撮影場所を見つけてくる場面もあった。第2回はメモリーグラフを使ったゲームで、構図のずれを減点とするルールのもと中学生がゲーム性を楽しみながら取り組んだ。第3回は自分たちが良いと感じた場所を視点場として10カ所ほど撮影し、一筆書きできるまち歩きルートを地図に落として「マイタウントレイル」としてメモグラ・マネージャに登録した。第4回は地域の人々を実際に案内するまち歩きで、中学生が自分たちの取り組みを発表した。髙橋氏は「中学生だからといってできないことはなく、むしろこちらが教えてもらうことも多々あった」と振り返り、写真とメモリーグラフを介してフィールドに出る体験が地域学習として意味を持つことを述べている。
震災記録を現地で辿る活動
景観学習とは異なる文脈で、メモリーグラフは災害のビフォーアフター写真を現地で辿る活動にも用いられてきた [UC-004 §フィールドワークへの活用:メモリーハンティングと災害アーカイブ]。阪神・淡路大震災20周年にあたる2015年の取り組みがその例で、震災直後の記録写真がオープンデータとして公開されていることを受け、その写真を使って現在の同じ場所を撮影する活動が実施された。2015年1月17日にはインドネシア・アチェの参加者と、2月1日にはCode for Kobeのメンバーとそれぞれ現地で実験が行われた。この活動で、震災を直接知らない子ども世代もアプリにすんなり馴染み、文章の説明を読むよりも実際に使う方が直感的に理解できることが確認された。
身体を現地に移動させることの意義
これらの活動に共通する特性として、身体を現地に移動させること自体に価値があるという点がある [UC-004 §フィールドワークへの活用:メモリーハンティングと災害アーカイブ]。メモリーグラフはオフラインでの現地活動を前提としており、現場でこそ土地の質感や細かな変化を感じ取れるという声は、まちづくり団体との実証実験においても同様に報告されている [UC-005 §課題と気づき]。Google ストリートビューでも今昔比較はできるが、車で走りながら流して撮るのと、自ら構図を決めて撮るのとでは写真の持つ価値が異なるという指摘がそれを端的に示している [UC-005 §課題と気づき]。
同一構図に合わせる撮影は想定以上に難しく、その期待と現実のギャップ自体が利用者の興味を引き出す側面もある [UC-004 §利用上の留意点:難易度のギャップと景観を読む力]。また、古写真と現在の景観の間で何が変わり、何が変わっていないかを判断できれば撮影の効率が向上するという観点から、メモリーグラフを通じた活動は景観を読む力の習得とも結びついている [UC-004 §利用上の留意点:難易度のギャップと景観を読む力]。撮影の仕組みの詳細については「メモリーグラフの仕組み」を参照。