地誌は、地域を記した資料の総称である。地図が現実世界を点・線・面といった幾何データで表すのに対し、地誌はテキストや画像として地理に言及するメディアデータの集合であり、前者を地理空間、後者を情報空間として区別できる(この二層の定式化は「地名という接点」を参照)。地誌は後者の側にある [UC-033 §地図・地誌・地名の枠組みと識別子付与の方針]。
地誌として使える資料の幅
名所図会・地域誌・案内記・買物案内・武鑑のような刊行物が、地誌の典型である。これらは地名・人名・商店名・街道・物価といった情報を地域ごとに集積するという点で、構造を共有する。表現の形はテキストにも画像にも及び、地誌が地理情報に言及する様式は一様ではない [UC-033 §地図・地誌・地名の枠組みと識別子付与の方針]。
地図と地誌の境は固定されていない。『江戸切絵図』は地図でありながら、町ごとに大量の地名を書き込んだ地誌的な性格を帯びており、29枚から8,788か所の地名が抽出されて「江戸マップ」というデータベースになっている [UC-033 §地図のデータセットと古地図の活用]。一枚の資料が、図としては地理空間の情報を、書き込まれた名称としては情報空間の情報を同時に担う例である。
地誌から取り出せるもの
地誌が記録するのは地名の一覧にとどまらない。そこには、空間に紐づいた社会的・経済的な情報が含まれる。江戸時代の商店の分布を現代風の地図に重ねると、町の領域に店が集まる傾向が読み取れるという観察は、地誌的な情報が空間的な社会構造の記録として働くことを示している [UC-033 §地図のデータセットと古地図の活用]。
取り出せる情報の中には、現在の地図サービスで確認できない地名も多い。現在は使われていない地名は現代の地図からは分からないため、古地図から拾ってデータ化する作業そのものが重要になる [UC-033 §地図のデータセットと古地図の活用]。史料に頻出する地名や村を識別できるようにすることは、地誌を史料解釈に使うための前提でもある [UC-010 §地名・村のデータセット]。
地名を介して地理情報と結びつける
地誌の情報を地理空間につなぐ要となるのは地名である。地誌では地理情報が地名として言及されることが多く、地名は文章中で言及でき、かつ地図上に表示できる実体である。地名に識別子(ID)を付与して一元管理することで、地誌の記述は地図上の位置へとつながる [UC-033 §地図・地誌・地名の枠組みと識別子付与の方針]。この仕組みの詳細は「地名という接点」で扱う。
つなげるときには、何を同じ実体とみなすかという判断が避けられない。たとえば「東京」が指す範囲は、東京市15区、35区、現在の23区へと時代によって変わり、東京府と東京都でも異なる。これらを同じ東京とみなすかはどちらの立場も取りうるため、目的に応じてあらかじめ基準を決める必要がある [UC-033 §地図・地誌・地名の枠組みと識別子付与の方針]。地誌を利用する側は、資料中の地名が指す時代的・行政的な範囲を意識したうえで、接続を設計することになる。
記述が前提とする景観の復元
地誌の記述を現在の地図に重ねるには、記述が前提としている当時の地理的条件の復元が要る。海岸線は江戸時代と現在で大きく異なり、資料に登場する人物が海沿いを歩いたのかどうかの判断にも関わる。湖沼についても、当時は大きな湖だった場所が現在は埋め立てられている場合がある [UC-033 §地図のデータセットと古地図の活用]。地誌の記述が想定する景観は現在の景観とずれており、この補正を欠いた空間的な解釈は誤読を招きうる。
地誌的な情報を定量的な文脈に置く素材も整いつつある。幕末期近世村領域データセットは、66,581村を収録し、各村に石高(徴収できる年貢の量、すなわち経済力を表す指標)を対応づけている [UC-010 §地名・村のデータセット]。地名を軸に、記述としての村と経済的な指標を結びつけられるようになる。