地理データの実践では、ラスタとベクタという二つのデータモデルの選択が起点になる。どちらを選ぶかは、ファイル形式や配信方法、そして後続の再利用可能性に波及する。
ラスタとベクタ——データモデルの選択
ラスタデータは四角形のグリッドすべてに情報が埋まった構造で、衛星画像がその典型である。ベクタデータは点・線・ポリゴンという図形として位置情報を表す。点は店や学校などの特定の場所(POI)、線は道路、ポリゴンは行政区画の境界に対応し、ポリゴンは始点と終点が一致する閉じた図形として定義される [UC-009 §ラスターデータとベクトルデータ]。
面の表現にはポリゴンのほかに TIN(Triangulated Irregular Network)も用いられる。点どうしをドロネー三角形分割で結んで三角形の網を構成し、各頂点に標高などの値を与えることで三次元の表面を表現する。センサーが置かれた地点から、センサーのない場所の値を補間する場面で登場する [UC-009 §ラスターデータとベクトルデータ]。
プロジェクトが扱う対象が面的な連続値か、個別の地物かによって、どちらのモデルを主として用いるかが決まる。座標系や投影法がこのモデル選択にどう絡むかは「空間の表し方」を参照。
デスクトップ GIS とレイヤー管理
デスクトップ GIS は、ファイル形式に依存せずラスタ・ベクタの双方を読み込み、レイヤーとして重ね合わせて可視化・分析する環境を提供する。道路・建物・行政境界などをレイヤー単位で独立に管理し、表示の組み合わせを切り替えられる点が特徴で、オープンソースの実装としては QGIS が広く使われている [UC-009 §GISの機能とレイヤー]。
バイナリベクタタイルによる大量地点の配信
多数の地点データをウェブ地図上で扱う場合、形式の選択が表示性能に直結する。歴史地名マップの構築では、298,914件の歴史地名データをバイナリベクタタイルに変換することで、大量の地点を1枚のウェブ地図に表示することを実現した [UC-013 §既存データセットの活用と過去データの課題]。静的なファイルとして提供できるタイル形式は、サーバ側の動的な処理なしに大規模データを配信できるという性質を持ち、この事例はその実践的な示例となっている。
形式の選択が再利用可能性に与える影響
既存データセットをどの形式・設計で公開するかは、後続の再利用可能性を左右する。旧国・旧郡境界データセットの事例では、公開されている「幕末明治地勢地図境界データ」を再利用しようとした際、明治期と江戸期で国・郡の分け方が異なるため、江戸・明治の実情に合わせて新たにIDを付与し直す作業が必要になった [UC-013 §既存データセットの活用と過去データの課題]。データとして形式が整っていても、ID設計や区分の定義が実情と合わなければそのまま再利用できない。これは形式の問題にとどまらず、意味的整合性の問題として現れる。
過去に作られたデータセットの再利用には、形式とは別の層の課題も伴う。技術的制約のある時代に作られ精度や統合に問題がある場合があること、データセットが公開されてもサービス展開・プラットフォーム化に至らなかったこと、誤りの修正手順が確立されておらず指摘に対応しにくいこと、紙資料のデジタル化・翻刻(OCR)で誤りが混入することの四点が報告されている [UC-013 §既存データセットの活用と過去データの課題]。これらは形式の選択段階では見えにくいが、公開後に維持管理の負担として残る点で、形式設計と切り離せない。格納先の選択やAPI配信の一般論は「データの格納と情報基盤」を参照。