地図を作ることは、何を見せるかを選ぶことである。この選択が、図として表現された主張を形作る。
図の選択が主張を決める
地図は現実世界のコピーではない。地上の特徴のうち何を取り出し、何を省き、どう強調するかという選択の産物である [UC-009 §地図とは何か]。衛星画像が解像度の許す限り地上を網羅的に記録するのに対し、地図は利用者にとって重要な部分を取り出し、それ以外を省略・加工した表現である。道路を実際より太く描いたり、重要度に応じて色を変えたりする強調が行われる。日本の地図には駅が必ず描かれるが、鉄道を重視しない国の地図では駅が省略される、という差がそのまま表れる [UC-009 §地図とは何か]。
「省略によってコンパクトにする」操作は、単なる縮尺の問題ではない。何を残して何を消すかが、その地図が何を主張するかを決める。1933年に Harry Beck が作成したロンドン地下鉄路線図は、路線を縦・横・斜めの直線だけで描き、実際の経路の形も駅間の距離も正確に反映しない。地理的に正確でないが、路線内の駅の順序・乗り換え位置・テムズ川の相対的な位置関係は保たれており、「地下鉄に乗って移動し乗り換える」という目的に対して最も使いやすい表現になっている [UC-009 §地図とは何か]。距離の正確さよりも、目的に対して必要な情報の構造を可視化することにこそ、地図の本質がある。
どの図を選ぶかは、何を主張することになるかを選ぶことでもある。分布を面で示すか、点の密度で示すかで、同じデータから異なる空間パターンが浮かび上がる。可視化は中立な表示ではなく、データモデルについての立場を取ることである(データのどの側面を実体として扱い、どの側面を背景に退けるかというモデリングの問いについては「データモデリングと構造化」を参照)。
地理データを地図に描く際の表現の選択
GIS は、地図を表示するだけでなく、地図を作り、情報を加え、レイヤーを組み合わせて可視化・分析する機能を持つ [UC-009 §地理情報システム(GIS)とデータ構造]。道路レイヤーをオフにすれば道路が消え、建物レイヤーをオフにすれば建物が消えるように、何を重ねて見せるかを操作できることが、地図作成を選択の行為として明示する。
あるものを点として表現するか面として表現するかは、それを「場所」として扱うか「領域」として扱うかというモデルの選択である [UC-009 §地理情報システム(GIS)とデータ構造]。点は店舗や学校のような場所(POI)、線は道路、ポリゴンは行政区画の境界として表現されるが、地図に描かれた図形の種類そのものが主張を持つ。ベクタとラスタという二つのデータモデルが地理データの形式としてどう選ばれるかについては「地理データの形式と公開基盤」を参照。
空間補間も同様の問題を含む。センサーの置かれた地点のデータから、センサーのない場所の値を推定するために TIN(Triangulated Irregular Network)のような面構造が使われる [UC-009 §地理情報システム(GIS)とデータ構造]。補間によって得られた値を地図に描けば、観測されていない場所の「あるべき値」を可視化することになる。どの補間手法を選ぶかが、描かれた分布のかたちを決める。
歴史資料を地図化するときの表現力と限界
歴史資料から住所を取り出して地図に描く作業は、可視化が何を主張できるかを問う実践的な場面を提供する。関東大震災の死亡者住所を地図化した事例では、約3万8千名分の「震災死亡者調査表」の住所をジオコーディングし、空間分布として可視化することで、被害の地理的パターンを探った [UC-032 §はじめに]。
地図化によって浮かび上がったのは、本所区と深川区の特殊性である [UC-032 §死亡場所・人口密度からみた本所区・深川区の特殊性]。しかし重要なのは、地図が示したことと示せなかったことの両方である。本所区では死亡場所の記載が「本所区」という区止まりのものが95%を占め、深川区でも「深川区」のみが88%を占めた。住所分布を地図に描いても、この二区については区内のどこで亡くなったかが点として定まらず、空間分布の粒度に限界がある。これに対し他の区では居住地での死亡割合が相対的に高く、神田区67%、下谷区43%など、地点として地図上に描くことができる [UC-032 §死亡場所・人口密度からみた本所区・深川区の特殊性]。
区別の死亡率(死亡者数÷大正9年国勢調査人口)を見ると、本所区が10.7%で突出して高く、深川区1.9%、浅草区0.9%と続く。人口密度の高い浅草区の死亡率が0.9%にとどまる一方、人口密度の低い深川区が1.9%を示すため、人口密度の高さは死亡率が高くなる背景ではあるものの直接の原因ではなく、地域・場所ごとの別の要因が人的被害に作用したと考えられる [UC-032 §死亡場所・人口密度からみた本所区・深川区の特殊性]。空間分布を地図に描くことで人口密度との単純な対応が崩れることが見えるが、その先の要因の解明は地図が答えるのではなく、地図をきっかけに問いを立て直す段階に移る。
可視化は結論を出す道具ではなく、問いを空間的に組み替える道具である。