データを記述する語彙には、標準的なスキーマに従う固定的なものと、目的に応じて柔軟に設計するやわらかいものとがある。この二つの間をどう渡り歩くかが、DH実践におけるメタデータ設計の中心的な問いになっている。
かたいメタデータとやわらかいメタデータ
北本朝展氏は「かたい(固定的な)メタデータ/Hard Metadata」と「やわらかい(可塑的な)メタデータ/Soft Metadata」という対比を提示した [UC-021 §かたいメタデータとやわらかいメタデータ]。かたいメタデータは標準的な共通スキーマに基づいて作成し、標準化によって相互運用性を担保する。一方 やわらかいメタデータは、目的に応じてスキーマを柔軟に使い分け、記述語彙が多少異なっていても生成AIが両者をつなぐことで相互運用性を確保するという発想に立つ。事前の標準化合意を要しない分、標準では捨てられてしまう多様な情報を取り込める点にメリットがある [UC-021 §かたいメタデータとやわらかいメタデータ]。
ただし、生成AIが橋渡しできるのは同義語や表記の揺れといった「浅い意味でのギャップ」に限られ、深い概念的・解釈的なギャップは橋渡しできないと北本氏は補足している [UC-021 §AI時代におけるメタデータの再考と今後の展望]。この限界を踏まえると、かたいメタデータとやわらかいメタデータは代替関係にはなく、役割が異なる。流通を重視するシステムは固定的なスキーマで標準化を進め、発見(ファインダビリティ)を重視するシステムではやわらかいメタデータと生成AIによる多様化が有効になる [UC-021 §AI時代におけるメタデータの再考と今後の展望]。
バム遺跡の3次元復元プロジェクトでは、かたいメタデータの側が実践された。Dublin CoreやObject IDといった標準語彙を組み合わせてオントロジーに基づくメタデータを記述し、Protégé・RDFストア・Apache Jenaという標準技術のスタックで管理・公開した [UC-020 §メタデータの管理と公開]。このアプローチは構造と語彙の選択を先に決めるものであり、詳細は「データモデリングと構造化」節が扱う。
スキーマの選択とどこまで書くか
メタデータをどのスキーマで書くかは、誰のために何を担保したいかによって変わる。北本氏の整理によれば、メタデータには基本・内容・来歴・管理・利用の5種類があり、相互運用性を重視するか、ファインダビリティを重視するか、あるいは後から研究者が再利用する形を重視するかによって、どの項目に力を入れるかが変わる [UC-021 §メタデータをめぐる論点:利用者・項目・専門性]。
どこまで書くかという問いは、「メタデータを目的とみなすか手段とみなすか」という立場とも結びついている [UC-021 §メタデータ付与の自動化と「目的か手段か」]。メタデータを目的とみなすライブラリアン的な立場では、解題のように周辺知識を含めれば著作物性を帯びることもある詳細な記述が志向される。手段とみなす研究者的な立場では、検索できればよいという割り切りになる。同じ資料に対して、どちらの立場から設計するかでスキーマの深さも選択される語彙も変わる。
統制語彙に基づくかどうかも、「どこまで書くか」の一側面である。統制的な内容メタデータでは、候補からどれを選ぶかのルールが存在する。非統制的な内容メタデータ(要約など)は「正解」が存在せず、多様な解が成立する。後者では、先に書くべき範囲を決めようとしても合意コストが高く、記述を諦めてきた情報が多い [UC-021 §メタデータ付与の自動化と「目的か手段か」]。
生成AIがやわらかいメタデータを作る
非統制的で「正解」のないメタデータに対して、生成AIは記述コストを大きく下げられる。古典籍サービス「つくし堂」では、書誌メタデータとKuroNetによるOCRテキストを入力として、要約・タグ・キャッチコピーをAIが生成する [UC-021 §つくし堂:AIによる古典籍メタデータの生成]。3,000点以上の資料すべてにキャッチフレーズを付けることは専門家の人手では現実的でなく、正解がなく多様な解が成立する記述にこそ生成AIがゲームチェンジャーになるという見立てがここに表れている [UC-021 §つくし堂:AIによる古典籍メタデータの生成]。ただし、AIが生成した関係記述はもっともらしく見えるためハルシネーションの確認が難しく、専門家から見れば細部に疑問が残る可能性があるとも北本氏は率直に述べている [UC-021 §つくし堂:AIによる古典籍メタデータの生成]。
生成AIがやわらかいメタデータを扱う際の技術的な要は、コンテキストエンジニアリングである。現在の大規模言語モデルはコンテキスト(入力データ)に良い参考情報を、プロンプトに良い指示を与えれば優れた出力を得られるテキストプロセッサーとして機能する。ただしコンテキストの長さには限りがあるため、いかに良い情報を詰め込むかが実務的な課題となる [UC-021 §Mahalo Button:データ利用事例の蓄積と活用]。
利用事例をメタデータとして蓄積する
従来のメタデータが「何のデータセットか(WHAT)」「なぜ作られたか(WHY)」を中心としてきたのに対し、「Mahalo Button」と「Mahalo Research」は、データセットの利用事例を新たなメタデータとして蓄積・活用する試みである [UC-021 §Mahalo Button:データ利用事例の蓄積と活用]。データセットの作成者は自分のデータがどう使えるかを把握しきれず公開メタデータに書けないことが多いが、実際の利用事例を集めることでその記述が充実する [UC-021 §Mahalo Research:やわらかいメタデータによるデータセット発見支援]。
この設計で注目されるのは、情報を最初にまとめて落とさず、リッチな生テキストとして保持しておく方針である。情報をまとめた時点ではなく、利用する時点で構造化や形式変換を行うことで、さまざまな問いに答えられるようになる [UC-021 §Mahalo Button:データ利用事例の蓄積と活用]。このアプローチは、かたいスキーマに先に収めることで情報が脱落するという問題を、後処理に委ねることで回避するものとも読める。
生成AIのための「HOWメタデータ」という提案
北本氏が現在取り組む新しい試みが、従来はほとんど構造化されてこなかった「どのように使うか(HOW)」に関する Operational Metadata の整備である。ファイル形式と読み込み方法、列定義(名前・型・単位・値の意味)、ファイル名パターン、API使用例、注意点・制約といった細かい情報を含む [UC-021 §生成AIのための「HOWメタデータ」]。この分類はまだ暫定的なものと北本氏自身が断っているが、Descriptive Metadata(WHAT)・Contextual Metadata(WHY)・Operational Metadata(HOW)という三分類として示されている。
HOWメタデータの実用上の意義は、プログラムの自動生成につながる点にある。データセットのメタデータとそれを読み書きするライブラリをコンテキストとして与えると、生成AIがデータを操作するPythonスクリプトを生成できる。従来のかたいメタデータだけではこの使い方は難しく、HOWにあたる情報を追加することが前提となる [UC-021 §生成AIのための「HOWメタデータ」]。ここに、メタデータの語彙をどう設計するかという問いと、生成AIの活用がどう連動するかという実践的な接点がある。
AIと人間の役割分担とメタデータ設計の含意
かたいメタデータとやわらかいメタデータをめぐる議論は、AIと人間の役割分担の問いに行き着く。北本氏の整理では、標準化できない情報をまず脱落させ、人間が事前に構造化を頑張り、少ない情報をAIが活用するという「悪い役割分担」から、多様なデータをそのまま保存し、AIが得意な構造化をオンデマンドで実行し、人間が活用方法を柔軟に決定するという「良い役割分担」への移行が目標として示された [UC-021 §AI時代におけるメタデータの再考と今後の展望]。
この移行にはメタデータの再定義が必要だという認識は、スキーマをどう選ぶかという技術的な問いにとどまらない。かたいメタデータを最低限必要なものに絞り、それ以外は無理に標準へ収めず自由に書いてよいという考え方は、標準化の範囲そのものを問い直すものである。コンテキスト作成の準備は人間に残るが、整理の労力や使い回しの面での負担は大きく減る可能性があると北本氏は述べている [UC-021 §AI時代におけるメタデータの再考と今後の展望]。