はじめに

本講演では、北本朝展氏(ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター/国立情報学研究所)が、地震で大部分が崩壊したイラン・バム遺跡を3次元で復元したプロジェクトの経験を紹介します。現地での実測ができない「推定に基づく3次元復元」の方法論と、復元データの収集・統合の難しさ、完成した3次元モデルの活用という課題を、ディジタル・シルクロード・プロジェクトでの実践に即して扱います。

地震で全壊したバム遺跡と復元プロジェクト

イラン・バム遺跡(アルゲ・バム)は、地震で大部分が崩壊した世界最大の日干しレンガ建築群であり、本プロジェクトはその地震前の姿を取り戻すことを目標としています。

2003年12月26日の地震で大部分ががれきと化し、2004年7月には「バムとその文化的景観」としてユネスコの世界遺産に登録されると同時に、危機にさらされている世界遺産のリストにも登録されました。

地震の5日後の12月31日にはウェブサイトを開設して世界に地震前の写真の提供を呼びかけ、2004年1月には提供写真や地震前後の衛星画像を掲載していきました。集めたデータを参考に2006年に最初の3次元モデルを構築し、2008年には関連するメタデータを公開しています。取り組みは、ディジタル・シルクロード・プロジェクトの中でテヘラン大学のElham Andaroodi氏を中心に、イランの共同研究者や、当時国立情報学研究所でプロジェクトをリードした故・小野欽司氏らとともに進められました。

実測と推定:2種類の3次元モデル

3次元モデルには実測に基づくものと推定に基づくものの2種類があり、すでに崩壊したバム遺跡は後者に該当するため、欠落した情報をいかに推定するかが復元の本質的な課題となりました。

実測に基づくモデルはレーザー計測や測量を用い、現存する遺跡については正確に作れます。一方、推定に基づくモデルは計測できない対象を3次元化する場合に用います。バム遺跡はすでに崩壊して計測できないため、現代でありながら推定によって復元せざるをえませんでした。復元には衛星画像や写真、平面図、地形データ、記録、遺物、人々の記憶など種類の異なるデータを統合する必要がありますが、どうしても欠ける情報が出てきます。

モデリングとレンダリングの分担と精度・コストの調整

3次元モデルの制作はモデリングとレンダリングという2つの側面からなり、専門知識が必要な部分とそうでない部分を分担し、対象の重要度に応じて精度とコストのバランスを取ることが重要でした。

モデリングは遺跡の正確な構造(ジオメトリ)を作る作業で一般にCADが担い、レンダリングはそれをもとに美しい画像や映像を生成する作業で一般にCGに属します。両者は近い領域ですが、必要とされる技術は大きく異なります。当初はコンピューターの専門家がモデリングもレンダリングも担当し、遺跡を知る専門家は指示を出すだけでしたが、うまくいきませんでした。そこで遺跡の専門家がモデリングを、コンピューターの専門家がレンダリングを担い、両者でデータを受け渡す形に改めたところ、正確かつ美しい画像が作れるようになりました。

モデリングに専門知識が必要なのは、欠けている部分を補う際にペルシャ建築として妥当な構造かという観点が求められるためで、突起物や窓、門の形などを適当に決めるわけにはいきません。データの作り方では、精度を高めると手作業が増えてコストが上がり、自動化すればコストは下がる代わりに精度は落ちます。そこで、重要な部分は手作業で正確に、重要度の低い部分はできるだけ自動で、と使い分けました。都市的なスケールのバム遺跡では、コスト管理が特に重要でした。

残されたデータによる復元の実際

限られた参照データと収集した写真をもとに外部空間を中心にレンダリングを進めましたが、データの質と量の制約から、自動化の試みは十分な成果には至りませんでした。

参照データと写真の収集

残されていたデータの一つが、外部機関(CNRS、ICHHTO)から提供された写真測量学的な地図で、建物の形状と位置についての大まかな参照データとなりました。バム遺跡は遠隔地にありますが、思い入れの強い人々が観光で訪れる場所だったため写真は快く提供されました。しかし地震が起きた2003年はスマートフォン登場前でデジタルカメラも主流ではなく、多くはフィルム写真をスキャンしたもので高解像度にならず、質・量ともに限界がありました。

レンダリングと自動化の試み

外部空間は外から見た姿を作ることができましたが、内部空間は写真が乏しく、天井の形などは建築学的な推定で補いました。完成した3次元モデルは大規模な遺跡全体をウォークスルー映像で見られる形にまとめました。自動化も検討し、半自動モデリングでは標高データに写真を重ねて構造とテクスチャを得ようとしましたが、位置合わせが難しくうまくいきませんでした。複数の画像やビデオから自動的に3次元モデルを作る手法については、NHKが1981年に撮影した7分間の空撮映像も残されていましたが、解像度が低く、精度の高い復元は難しいと考えられました。後年のドローン活用や、観光客の写真から焼損した首里城を復元した例のような成果もありますが、当時は解像度の低さやカメラの種類の違い、修復による形の変化が壁となりました。レーザースキャンやStructure from Motionといった全自動の手法も、新しいデータを取得できない以上、遺跡が現存しないバムでは使えませんでした。

メタデータの管理と公開

復元と並行して、データを公開するためのメタデータの設計と管理にも取り組み、オントロジーに基づく記述や既存の標準、セマンティックなデータ管理ツールを組み合わせました。

データの一部はBam3DCGというサイトで公開しています。共同研究者のElham Andaroodi氏がオントロジーの研究をしていた背景もあり、資源をクラスとして体系化して記述するオントロジー的なメタデータの付け方を採用し、語彙にはダブリンコア(Dublin Core)などの標準を組み合わせ、国際標準のメタデータとしてObject IDも利用しました。メタデータの作成にはオントロジーエディターのProtégé(プロテジェ)を用い、公開にあたってはRDFストアにPostgreSQL、RDFのAPIにApache Jenaを用いました。

プロジェクトの教訓と今後の問い

推定に基づく3次元モデルは欠落情報を専門知識で補うほかなく、また完成後の活用方法こそが大きな課題であることが教訓として浮かび上がり、コストに見合う利用環境の提供や、時間とともに変化する対象の扱いが今後の問いとして残されました。

教訓として最も重要なのが、3次元モデルを作った後にどう活用するかという点です。このプロジェクトではウォークスルー映像を作って公開しましたが、映像は美しくとも、それだけでは継続的な利用にはつながりませんでした。データのオープン化は諸事情により難しく、対話型VRサービスの提供も負担が大きすぎたため、結局は映像で見る方法しか提供できませんでした。3次元モデルへの注釈も試みましたが当時はうまくいかず、この領域はまだ発展の余地が大きいと考えられます。

今後に向けては、作成コストの高い推定モデルに見合う利用目的や閲覧環境を提供できるかが問われます。また、インタラクティブな利用に耐えるクオリティを外部・内部空間ともに提供できるか、オンラインでの情報注釈や共有を現実的なコストで実現できるか、そして修復によって絶えず姿を変えてきた遺跡をどの時点のモデルとして作るべきかといった問いも残されています。

講演情報

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この記事は、講演記録を基に生成AIを利用して作成したユースケース記事です。