一点の資料を深く読む精読は、その資料に何が書かれているかを明らかにする。遠読は、大量の資料を同じ型の部分に分けて並べ、個々の資料からは見えない配列や分布を読み取る。両者は優劣の関係にあるのではない。規模を変えることで、見えるものと見えなくなるものを交換していると捉えるのがこの節の立場である。

部分を並べると、様式の比較の足場ができる

規模を上げるときの最初の操作は、資料を同じ型の部分に切り出し、大量に集めることである。顔貌コレクションは、絵本や絵巻のデジタル画像から顔の部分だけを切り抜き、「山伏」といったメタデータを付与して網羅的なデータセットにしたものである [UC-040 §顔貌コレクションとデータ駆動型人文学]。一度作れば、顔の様式を比較する美術史研究にも、顔の自動認識にも使える [UC-040 §顔貌コレクションとデータ駆動型人文学]。一冊の絵巻を精読しても得られない比較の足場が、切り出した部分を横に並べることで生まれる。切り出しの手順は節「部分を切り出す」を、並べた部分から様式について何が言えるかは節「特徴抽出と様式分析」を参照。

同じ作業は紙と糊でも行える。違いは、デジタルの利点を活用する方向に研究手法そのものを進化させる点にあると報告されている [UC-040 §顔貌コレクションとデータ駆動型人文学]。データを基盤に人文学の研究手法を革新し、データの共有やエビデンスに基づく検証という文化を持ち込む立場が、データ駆動型人文学と呼ばれる [UC-040 §顔貌コレクションとデータ駆動型人文学]。

全数をそろえ、数え、並べる

部分を並べる操作は、対象の全数をそろえる操作に拡張できる。歴史ビッグデータという語は、書物や記録に書き残されたものからデータを取り出して使うというこの立場を指す [UC-011 §2. 「歴史ビッグデータ」という課題]。日本には江戸時代のものだけで数十億点規模ともいわれる書物が残り、日記からは過去の天気、被害の記録からは地震や噴火の様子、感染症の記録からは広がり方、経済では米相場、社会では村ごとの人口が取り出せる [UC-011 §2. 「歴史ビッグデータ」という課題]。村ごとの人口であれば、一つの村の記録を読むだけでは分からない分布や偏りが、全村をそろえて初めて見える。

全数化の前提は、記録を機械可読データにすること、すなわち表形式やXML・JSONといった形式に構造化することである [UC-011 §2. 「歴史ビッグデータ」という課題]。過去の資料では、崩し字を読むところから出発しなければならない点が現代のデータと異なる [UC-011 §2. 「歴史ビッグデータ」という課題]。

海外でも同じ発想の研究が進められている。Time Machine Europeは「Big Data of the Past」を掲げ、機械可読データを作ってAIやシミュレーションで過去を復元しようとしている。Living with Machinesは、古地図から鉄道などの地図記号を機械学習で認識して路線を復元したり、OCRで地名を取り出したりして、人手では追いつかない量の分析を行っている [UC-011 §2. 「歴史ビッグデータ」という課題]。

住所や地名を集計して地理を描く操作も、同じ型に属する。歴史地震の史料では、長文のテキストから地点を抜き出して地点ごとの表を作り、それぞれの震度を判定する処理が試みられた。約2万文字の史料1点からは約160地点が抽出されている [UC-048 §第1実験:史料を一括処理するアプリとその課題]。記事が述べるのは抽出・表化・判定の処理までである。地点ごとの表が揃えば揺れの地理的な広がりを描けるというのは、ここでの読みにすぎない。地名を辞書に結びつける手順は、節「地名という接点」を参照。

時間にも規模を広げられる

規模を上げる方向は空間の全数だけではなく、時間にもある。同じ場所の写真を時間軸に並べることは、部分を並べ、全数をそろえるのと同じ型の操作を、時間の方向へ広げたものである [UC-016 §景観を「読む」ための新しい技術]。規模を時間の方向に上げることで、何が変わり、何が変わっていないかという変化の配列が見える。写真の読み方そのものは、節「写真という資料」を参照。

規模を上げることで失うもの

集約は、個々の資料の読み取りを代替しない。第一に、集約の質は読む側の知識に依存する。写真を通時的に並べる場合も、場所をよく知っていればどこから撮ればよいかを容易に判断できるが、知らなければ理解に時間がかかる [UC-016 §景観を「読む」ための新しい技術]。大量に並べた結果を解釈する段階では、結局、対象についての精読的な知識が要る。

第二に、規模を上げると取りこぼしや精度の低下が起きうる。歴史地震の震度判定では、約2万文字の史料1点では約160地点を抽出できたが、790件の史料を同じプロンプトで大量に処理すると、同じ史料から20か所しか判定されなかった。使用した判定基準の「適切」も66%から45%に下がり、「不適切」は5%から15%に増えた [UC-048 §第1実験:史料を一括処理するアプリとその課題]。量が増えると取りこぼしが生じ、精度も落ちたため、処理は取得・タグ付け・表化と構造分析の段階に分割して再設計された [UC-048 §第1実験:史料を一括処理するアプリとその課題, UC-048 §再設計:処理を分割する(取得・タグ付け・表化・構造分析)]。

第三に、一本の線や一件の行に落とすとき、元の資料にあった精度の差が見えなくなる。街道データでは、資料から確実に読める区間も、地形などから推定した区間も、データ上は同じ一本の線であり、精度は記録されていない。資料が残っているかどうかで精度がまちまちであることは今後の課題だと報告されている [UC-045 §線を引く:地理院地図の上での手作業]。精読では資料ごとに疑わしさを確かめながら進められるが、集約のあとには均質な点や線が並ぶだけになりやすい。精度を記録しておくこと自体が、課題として残る。

規模の選び方

遠読は精読の代用でも、精読を不要にする手続きでもない。部分を並べることで様式が比較でき、全数をそろえることで分布が見え、時間を並べることで変化が見える。その一方で、解釈には対象についての知識が要り、量を扱う処理には取りこぼしがあり、集約された点や線は元の資料の精度の差を覆い隠す。規模を変えることは、これらの得失を引き受けて、問いに合った水準を選ぶことである。