AI で資料を読むには、資料に問いを投げる使い方と、資料を AI が読める形に整える使い方とがある。どちらも、返ってきたものを専門家が評価する工程を前提とする。事例に沿って、共通する設計を述べる。

典拠をたどれる問いかけ

西洋古典の基盤 Humanitext の対話環境 Antiqua は、典拠つきで AI に問う仕組みの一例である。検索は密ベクトルと疎ベクトルを併用するハイブリッド構成で、固有名や術語の一致と、意味的な言い換えの両方を拾う [UC-038 §三つの公開サービス]。回答の記述には引用チップが付き、底本と実際に用いた検索クエリを示す典拠パネルへつながる。何を検索した結果なのかが分からなければ出典の妥当性を判断できないためである [UC-038 §三つの公開サービス]。

答えから原典へ戻れる設計の要は、チャンクの ID を共通にしたことにある。典拠パネルから精読用の Humanitext Reader の同じ箇所を開くことができ、対応はずれない [UC-038 §三つの公開サービス]。答えは参照箇所の ID つきで返り、人間が原典に立ち返って検証できる。もっともらしい答えでも、何に基づく回答なのかが分からなければ使えないからである [UC-038 §デジタル化とAI-Ready化の違い]。問いかけの設計としては、この戻り道が答えの信頼性を支える。検索のためのデータ整備の技術面は、節「テキストから実体を取り出す」「データの格納と情報基盤」を参照されたい。

一方で、柔軟な対話だけでは「線」が通らないという指摘もある。キーワード検索と RAG による AI チャットは、データセットについて尋ねれば記事から取り出して紹介してくれる反面、固定的な出力が得られず、全体として何をやるべきかには答えられない [UC-034 §Agentic Publishingとは何か]。問いに答える使い方と、構造に沿って成果物を構成する使い方とでは、役割が異なる。

読解の工程を部品に分ける

読むことを一つの質問と応答に閉じ込めず、工程に分けて AI を当てはめる設計もある。ヴェーダ文献を対象とする VEDA AI の背後には、読解を五つに整理する見方がある。字を読む、誤りの向こうにある正しいテクストを読む、語形・構文を分析して読む、文脈・背景を調べて読む、関連する別の文献を参照して読む、の五つである [UC-039 §文献を「読む」とはどういうことか]。

VEDA AI はこの見方を工程に写し、読解を取り込み(OCR・誤りの自動修正)、語形を読み(品詞付与・文の分析)、意味を調べ(辞書検索・コーパス検索)、翻訳・註釈を生成する、という部品に分ける [UC-039 §VEDA AI:読解の工程を部品に分ける]。意味を調べる工程は、モデル内部の知識に頼らず辞書に委ねる。サンスクリット語の辞書には 1800 年代にさかのぼるものもあり、100 年以上の積み重ねの知識を取ってくることになるからである。ただし辞書も批判的に読む必要があり、同義語の扱いや語義の取捨は文脈から決めなければならない [UC-039 §VEDA AI:読解の工程を部品に分ける]。

この枠組みは一直線のパイプラインではなく、工程のあいだを行き来しながら翻訳に至る。最終的に見えるのは翻訳だが、途中の形態素解析や辞書検索の結果もそれぞれが出力である。各工程で人が誤りを修正して次へ渡すので、その記録はそのまま将来の学習データにもなる [UC-039 §VEDA AI:読解の工程を部品に分ける]。

部品に分ける利点は、言語や文献に合わせてモデルと資料を差し替えられることにある。ヴェーダ語では OCR に専用の TrOCR-Vedic、形態素解析に ByT5-Sanskrit、辞書検索に CDSL を用いる。日本語の古文に置き換えるなら、OCR は NDLOCR-Lite、形態素解析は MeCab と UniDic、辞書は JMdict という組み合わせが考えられるという。各工程で最適なものを選べば、最初の結果が粗くても読みながら育てていける、というのが目指す姿である。ただし辞書の選定には、専門家のほうがよい辞書を知っているかもしれないという留保が付いている [UC-039 §言語ごとにモデルと資料を差し替える]。画像から文字を読む工程そのものは節「文字を読む」で扱う。

VEDA AI のデモでは、テキストまたは画像の入力から簡易訳・註釈付き訳の比較までを一括で流すことも、人が一つずつ承認・修正することもできる。単語の分割や語形、辞書上の意味は一つずつ表示され、似たテキストの検索も並べて見ながら読み進められる [UC-039 §デモ:一つのテキストを段階的に読む]。AI に任せる範囲と人が確認する範囲を、利用者が工程ごとに決められる設計である。

註釈を伴う翻訳

翻訳や註釈の生成では、訳そのものより、根拠を備えた訳が目指されている。古典研究における翻訳は言語間の置換ではなく、テキストの背景や文化的文脈に基づく解釈の表明であり、註釈はその解釈の過程を読み手に開示するものと位置づけられる [UC-039 §註釈を生成する翻訳モデルという目標]。BOOST 課題では、語釈・文法・儀礼的背景を説明する文献学的註釈を外部知識として与え、周辺知識で翻訳の精度が上がるかを調べている [UC-039 §ワークフローを支える個別の研究]。実験としては、訳してから翻訳判断を説明する順序、訳文と註釈を同時に生成する順序、先に語釈・文法・文献的根拠を整理して訳に反映する順序の三つを予定し、どれが翻訳の妥当性、註釈の根拠性、専門家の評価しやすさを高めるかを比べる [UC-039 §註釈を生成する翻訳モデルという目標]。

Humanitext Reader は、これとは異なる位置づけで翻訳を用いる。AI による文アライメントで 4 言語の対訳を提供し、訳・注が AI による初稿であることを明示する。疑わしい訳は文単位のコメントで議論でき、投稿は自動翻訳されて一つのスレッドに集まる。明らかな誤りは同じパネルから報告でき、キュレーターの確認を経て TEI/XML と訳文に反映される。既存の学術翻訳を置き換えるのではなく、その手前で原典に触れる機会を広げる基盤という位置づけである [UC-038 §三つの公開サービス]。

返ってきたものを専門家が評価する

AI の返答は、確かめる手順を設計に組み込んで初めて使える。Antiqua は典拠パネルを経由して人が原典に戻れるようにしている [UC-038 §三つの公開サービス]。VEDA AI は、BLEU や COMET に加えて、註釈の正確性・有用性・根拠性を専門家に評価してもらう。共有プラットフォームでは、複数モデルの翻訳・註釈を並べて選択・採点し、専門家が註釈を書き換えて根拠資料と判断の履歴を残す。人の修正は、将来の再学習や few-shot 用のデータとして使う [UC-039 §評価・解釈共有プラットフォームと公開したい成果]。

評価をより複雑な設計に組み込む試みもある。SPReAD 1000 の採択研究には、歴史的文書から LLM が生成した知識グラフを、構文・スキーマ準拠性、オントロジー的整合性、原文との事実一致の三つの軸で、生成に使ったものとは別の LLM に評価させ、大学院生による人手評価との一致を測る研究がある。生成したモデルが自分の出力を甘く評価する偏りを避けるのが狙いである。ただし、評価に用いる LLM にも系統的な誤判定のパターンが生じうることが限界として挙げられている [Issues-004 §論点3:AIの出力の検証]。

アンケートからは、評価が必要な理由が具体的に見えてくる。虚偽の回答を出してくること、専門外の情報の妥当性判断が難しいこと、尋ねる事項に知識がなければそのまま信じてしまいうることが挙がり、AI の出力の量に対して読める分量が限られることも指摘された [Issues-002 §論点2:出力の確からしさの確認]。

問いの立て方と再現性

問いの立て方は、まだ型として固まっていない。アンケートには、希望どおりの出力を得るプロンプトが書けない、技術進化が速く再現性を得にくい、プログラミング作業が容易になった反面エラーが起きたときの対応が難しくなった、といった困りごとが並ぶ。知りたいこととしては、プロンプトと結果の実例や、他の人が実際にどのように協働環境を構築しているのかが挙がっている [Issues-002 §論点1:AIの使い方]。