はじめに

立命館大学デザイン・アート学部の赤間亮氏は、生成AIとAIエージェントが研究のあり方を変えるとき、人文学の教育は何を守り、何を変え、何を新しく作り出すべきかという問いを立てます。デジタル・ヒューマニティーズ(DH)から AI Humanities Transformation(AHX)、そして Creative Transformation(CX)へ、という見取り図のもと、演劇博物館と立命館大学アート・リサーチセンター(ARC)での実践を出発点に、教育現場の変化、学生の研究事例、デザイン・アート学部の構想までを扱います。赤間氏は、この問いへの答えを用意できているわけではなく、2026年4月に開設した学部での実践を通じて探している段階だと断っています。

デジタル・アーカイブからDHへ:ARCが積み重ねてきたもの

赤間氏が演劇博物館とARCで一貫して追求してきたのは、文化資源を保存するだけでなく研究可能な形にすることでした。その過程でデジタル・アーカイブは、公開のための装置から、比較し関連づけ再解釈するための研究環境へと性格を変えています。

1989年から、赤間氏は演劇博物館で大学文化資源の情報発信という課題に関わってきました。当時はDHどころかデジタル・アーカイブという言葉も存在していませんでしたが、資料をデジタル化し、データベースとして整理して公開する活動はすでに始まっており、現在の博物館DXの原型がここにあったと振り返ります。

資料を画像にするだけでは研究基盤になりません。デジタル化は抽出の技術であり資料が持つ情報の多くは欠落するため、いつ・どこで・誰によって作られたのか、他の資料とどのような関係にあるのかを示すメタデータを付与し、研究上の問いと結びつける必要があるからです。赤間氏はこれを、人文学の問いと技術とが相互に変化する実践と捉え、DHは人文学の知的生産体制を組み替える運動だったという見方を示します。

ARCリサーチスペース:デジタルを意識せずに使える研究環境

ARCリサーチスペースは、人文学の研究者がデジタルを意識せずに研究に必要な情報や活動を蓄積・出し入れできるオンライン空間として設計され、距離的な制約を超えた共同研究にも使えるよう構想されています。

赤間氏は、1990年代にワープロやスプレッドシートを使い、HTMLを習得してWebで情報発信していた人文学者も十分に人文学型のDH型研究者だという見方から、大規模なデジタル・アーカイブに加えて、人文学者が共通して必要とするツールの提供を目的に据えました。どのような研究資源にも対応するデータベースと個人だけが使えるMy DB、メンバーで共有できるクラウド領域、Virtual InstituteというCMSを使ったWebサイト構築システムがそれにあたり、現実の研究活動をデジタル空間の上に載せるデジタルツインを目指しています。

生成AIによる教育現場の変化

この2年間で、学生は技術を習得してから研究に入るのではなく、研究の途中で必要な道具をAIとともに組み立てるようになりました。赤間氏はこの変化を、人文学系の研究者にとっての大きな開放だと捉えています。

以前であれば、デジタル人文学を学ぶ学生は、プログラミング言語やデータベース、統計処理、画像処理をある程度習得してから研究課題に取りかかる必要があり、問いに到達する前に挫折する学生もいました。現在は、生成AIとの対話を通じてコードを作り、エラーを説明させ、必要なツールを組み合わせることができます。技術が研究への入場資格ではなく、研究の途中で獲得し組み替える資源になったからだ、と赤間氏は説明します。

そのうえで赤間氏は、資料批判や文脈理解といった人文学の強みを持つ研究者が、AIによってデータや計算の能力を効率的に駆使できるようになったらどうなるかと問いかけます。

従来型の人文学型DH:相撲番付と祇園のアーカイブ

AIエージェント時代以前から進められてきた事例として、大学院文化情報学専修の博士後期課程の学生による二つのアーカイブ構築が挙がります。いずれも大量の資料を地道にデータ化し、研究者向けに整備するものです。

一つは相撲番付のアーカイブで、プロジェクト演習という科目での活動として進められました。ARCの相撲番付データベースが網羅する宝暦7年(1757年)から慶応4年(1868年)までの110年210場所の番付を翻刻し、登場するすべての力士の名前をリスト化した結果、延べ48,300行を超えるデータリストとなり、これを活用して2026年6月に「相撲番付 力士検索データベース」をリリースしました。赤間氏は、文字をOCRにかけて正確に翻刻しながらデータ化することは着手時点ではできず、大変な労力を要したと補足します。

もう一つは京都の祇園に関わるアーカイブです。江戸時代からの資料をデジタル化・データベース化して年表も作成し、絵画資料420件、花街舞踊公演の上演記録456件を登録しています。提供にあたっては、研究者向けのデータベースと、解説付きのカタログ型で幅広い層を想定したバーチャル・インスティテュート(今年度公開予定)とを分けています。

AI時代の探求型DH:レコードジャケットのデザイン研究

プログラミングの経験がなかったデジタル人文学コースの4回生が、AIに聞きながらCDジャケットのカラーコードを抽出し、色から検索できるシステムまで作り上げました。赤間氏はこれを、AI時代の探求型DHの例として紹介します。

レコードジャケットのデザイン研究として、ネット上のジャケット写真を集め、CDジャケット・イメージDBとしてデータベース化するところまでは従来のDHと同じですが、この学生はジャケットの評価のために色の使われ方を分析したいと考えました。そこで3回生のときにAIに聞きながらプログラムを作り、写真で高い割合を占める代表的な3色のカラーコードを一括で抽出して画像とリンクさせています。

4回生になると、割合が上位の色しか選べないという制約に向き合い、選んだ色に近い系統色を自動で計算してアルバムを絞り込む機能を作ります。グラフを廃止して45色のカラーパレットを配置し、CDジャケット カラーアナライザーのパレット検索版として実装しました。

AX時代のDH:ARCアーカイブを活用したVR展示

同じデジタル人文学コースの4回生は、ARCのデータベース資源を二次活用し、『東海道四谷怪談』第二幕の世界をユーザー介入型のVR演劇体験として構築しています。赤間氏は先のカラーコードの事例とは区別し、これをAX時代のDHの例として位置づけます。

対象作品と体験の設計

対象は四世鶴屋南北が書き下ろした『東海道四谷怪談』の第二幕です。病と夫に苦しめられるお岩と、お岩に愛想をつかす伊右衛門の心情変化が見どころで、写実的な人物間の情動を見せるのに適していると判断されました。体験は、あんま宅悦になりきって「雑司ヶ谷四ツ谷町の場」で何が起こったのかを探るミステリー型のVRアドベンチャーで、小道具の調査とお岩AIとの会話から謎を追い、ユーザーの回答によって結末が分岐します。

構想は、登場人物との自由会話によって物語が変化するインタラクティブな演劇体験、キャラクターアバターの着用による認知・行動の変化を利用するプロテウス効果、立命館ARCの持つデータベース資源の二次活用の三つを柱とします。

生成AIを活用した制作

3Dモデルは、ARC浮世絵ポータルDBとARC催事型写真ポータルDBに蓄積された第二幕のお岩・伊右衛門の資料を参考にしたうえで、岡村柿紅・田中良「四谷怪談図録-大正12年5月・市村座所演」(『国立劇場上演資料集68『東海道四谷怪談』』所収)で着物の色味や髪形を確認し、画像生成AIでTポーズを制作して、3Dに特化したAIでモデリングとリギングを行いました。

音声は、1923年(大正12年)5月に市村座で上演された『形見草四谷怪談』でお岩・伊右衛門・宅悦を演じた役者の声を大西SPレコードコレクションから取得して生成しました。この公演を選んだのは、前述の「四谷怪談図録」に役者の服装まで詳細が記され、ARC催事型写真ポータルDBに写真も残っているためです。自由会話はEleven labsのワークフロー機能で構成し、ユーザーの発話に応じてAIエージェントが性格の異なるサブエージェントへ移行させます。

赤間氏は、VRコンテンツは費用をかければ従来も作れたが、いまは一人ででき、しかも日本文学を学ぶ学生が作品の中身をしっかり勉強したうえで作り出す時代になったと指摘します。ストーリーの分岐は四世鶴屋南北がこうした筋を作った可能性を示し、いま伝わる筋にどれだけの価値があるのかを逆に検証できるのではないか、ともいいます。

学生の研究の評価と教員の役割

ここまでの学生の事例に共通するのは、自分の関心から出発し、AIを用いて必要な方法を組み立て、何を成果とするかまで考えている点だと赤間氏はいいます。教員の側は、ツールの操作を教えるだけでなく、方法を助言し、検証の仕方を問い、何をもって成果とするかを学生と議論します。学生の研究はAIが答えを出した結果ではなく、学生がAIを指揮しながら問いと方法と成果を結びつけたプロセスとして評価されるべきものだ、というのが赤間氏の考えです。

Agentic DHにおける研究行為の再配置

Agentic DHの時代には、調査、整理、比較、仮説、生成、表現といった研究行為の一部がAIとの協業のなかに再配置されます。赤間氏は、人文学のイノベーションは社会とのつながりをつくる手法を支援するところにあるのではないか、という見立てを示します。

ただし赤間氏は、研究活動の主体は人間であり、AIが研究する時代に入ったわけではないと明確に述べます。一切AIを使わず研究を続ける人がいても、その研究者が自身の研究に意義を失うことはないだろう、ともいいます。そのうえで、そうした研究は社会との接続ができていないかもしれず、現在の人文学研究の多くは社会とのつながりを条件としないからこそ成立しているのかもしれない、と留保を重ねます。だとすれば人文学者は、社会とつながるという手段を拒絶してきた、あるいは煩わしいと考えてきたことになります。一方で、その手段が簡単に獲得できるとすると、何かが始まります。Agentic DHは社会とのつながりをつくる手法を支援するところに意義があり、人文学のイノベーションはそこにあるのではないか、と赤間氏は思考を進めます。

研究成果を社会につなぐ:酒呑童子絵巻とARCの展開

ARCが収蔵したビゲロー本『酒呑童子絵巻』は、修復とデジタル化から展覧会、コンテンツ化、学生の指導へと展開しました。赤間氏はこれを、研究素材と研究活動と社会を結びつける実例として挙げます。

ARCは、ボストン美術館の日本コレクションの主要な部分を形成したウィリアム・ビゲローが所蔵していたビゲロー本『酒呑童子絵巻』を収蔵することになりました。修復が必要だったため、クラウドファンディングなどの資金獲得を工夫しながら活用できる段階まで持っていき、デジタル化して一般公開と研究利用ができるようにしました。ここまでが従来の人文学者にとってのデジタル化の範囲だろう、というのが赤間氏の見方です。

この資料を使った研究活動をARCリサーチスペース上のオンライン研究室で進め、リアルな展覧会と同時にデジタル展示を公開し、図録も作成しました。さらに産学連携型の資金獲得のもとでAIを活用したインタラクティブなコンテンツ化を実践し、そのノウハウを前述の『東海道四谷怪談』をテーマにする学生の指導へと展開しています。8月には、この絵巻の首が飛ぶ場面をAIで動かしたプロモーション映像も制作しました。赤間氏はこれを研究活動ではないと明言しつつ、研究素材と研究活動と社会を結びつけるアイデアとして意外に評判が良かったと紹介します。ARCは現在、2026年7月30日に公開したARCバーチャルミュージアムでデジタル・アーカイブをVR空間へ展開しており、これをメタバースへ広げ、電子展示をもとに博物館指定を受けてデジタル博物館としても活動することを目指しています。

市民に開かれる人文学とその条件

教育現場で見られた学生の変化は、一般市民にも起こり得ると赤間氏は考えています。ただし、市民が知の生産に参加できるようになっても、大学や博物館の役割が小さくなるわけではありません。

赤間氏が提唱するデジタル・パブリック・ヒューマニティーズは、パブリック・ヒューマニティーズに単にデジタルを追加したものではなく、AIによる変革によって、市民研究者が専門家の成果を受け取るだけでなく、自ら問いを立て、独自の知的活動を行い、成果を社会に返すことを可能にする構想です。AIは専門家の代替ではなく、市民が知の生産に参加するための足場だという位置づけです。

大学や博物館に求められるのは、信頼できるデータとメタデータを整備し、学び方を提供し、成果を検証し、権利やプライバシーを守り、専門家と市民が対話する場を作ることです。アクセスの開放だけではなく研究する能力と責任を社会に開くこと、これがAgentic DH時代の公共性だ、というのが赤間氏の考えです。

デザイン・アート学部と文化創成学

学生の実践を個別の成功例にとどめず教育プログラムとして広げるため、立命館大学は2026年4月にデザイン・アート学部とデザイン・アート学研究科を開設しました。赤間氏は、その方向性を文化創成学として示します。

AI時代の新学部が目指すべきものは単なるAI利用者の養成でも情報技術者の養成でもなく、人間の美的感性を引き出し、フィジカルとデジタルを横断して新しい文化的経験や価値をつくる人材の育成だといいます。鍵になるのがCXです。ここでいうクリエイションは芸術作品の制作だけを意味せず、歴史資料を新しい展示体系に変えることも、地域の記憶を次世代の学習資源にすることも文化創成にあたります。教育は、新しいデザイン学を提唱するデザイン学研究者と、ARCでDH型研究を可能にしてきた人材が担い、学生は調査・試作・批判・公開・改善の循環を経験します。まだ名前のない方法論や専門性を身につけて第一人者になる教育や研究が必要とされるはずだ、というのが赤間氏の見通しです。

人文学の人材がデジタル技術もAIも活用することは当たり前になりますが、その目的は効率化だけではなく、人文学を、過去や現在を探求する学問であると同時に、未来の文化を構想し、創造を通じて社会と連結する学問へと拡張することにあります。AIが大量の文章や画像を生成できる時代だからこそ、何を美しいと感じ、何を残したいと考え、どのような関係を社会に生み出したいのかという人間の感性と価値判断が問われます。文化創成学とは、AIによる生成物を増やす学問ではなく、人間とAIの共同を通じて文化的価値が生まれ、共有され、批評される条件を設計する学問だ、と赤間氏は締めくくります。そして、Agentic DHの時代は人文学が弱くなる時代ではなく、人文学の関わりが社会の中で再び広がる時代だと期待を述べて講演を終えました。

講演情報


この記事は、講演記録を基に生成AIを利用して作成したユースケース記事です。