地誌がテキストであるとき、そこに埋め込まれた地名を抽出し、その地名が指す場所の位置情報へ変換する処理が必要になる。この節では、テキストから地名を認識するGeoNLP、住所を緯度経度へ変換するjageocoder、そして地名エンティティに識別子を付与するGeoLODという三つのソフトウェア・サービスを中心に、現代の住所・地名を対象とした処理の実践を述べる。
テキストから地名を拾い出す:GeoNLP
GeoNLP は、テキストから地名を抽出して曖昧性を解消し、地図化するPython製のオープンソースソフトウェアである。「テキストから地名を認識する処理が固有表現認識、その地名がどこを指すかを特定する処理が曖昧性解消」だと整理されており、GeoNLPはこの二段階を担う [UC-013 §史料と実世界の紐づけ——固有表現認識と被害可視化]。
ただし現状は現代日本語にしか対応しておらず、過去の日本語への対応が今後の課題として残っている [UC-013 §地名情報処理のサービス群——GeoNLP・ジオコーダー・GeoLOD]。古文書や近世の史料のテキストを対象とする処理には、現時点では別の手段を組み合わせる必要がある。
住所を位置情報に変換する:jageocoder
住所を緯度経度に変換するソフトウェアがジオコーダーである。現代の住所向けのツールは多い一方で、過去の住所向けは乏しいという状況を踏まえて、CODHは情報試作室の相良毅氏が開発したPython製日本語ジオコーダー jageocoder を基盤に用いた取り組みを進めている [UC-013 §地名情報処理のサービス群——GeoNLP・ジオコーダー・GeoLOD]。
jageocoderはソフトウェア本体と住所データベースを分離した設計をとっており、参照するデータベースを差し替えることで対象とする時代・地域を変えられる。エレクトリカル・ジャパン や 日本歴史地名大系 など現代の地名情報を参照するデータベースを用いれば現代の住所処理に利用でき、旧東京市15区住所データセットのような歴史的なデータベースに差し替えれば過去の住所にも対応できる。旧東京市15区住所データセットの構築やそこから展開する歴史的ジオコーダーの実践については「歴史的ジオコーダー」を参照。
GeoNLPによる固有表現認識とjageocoderによるジオコーディングを組み合わせた応用例として、安政江戸地震の被害可視化がある。橋本雄太氏が主導するみんなで注釈【安政江戸地震史料】プロジェクトで地名にマークアップされたテキストをAPI経由で取得し、GeoLOD IDを付与したうえで歴史ウェブ地図れきちず上に可視化することで、建物被害や火災被害の分布を史料横断的に集約できる [UC-013 §史料と実世界の紐づけ——固有表現認識と被害可視化]。この例は、文書空間(マークアップテキスト)と地理空間(緯度経度)を地名エンティティを介してつなぐ処理の全体を示している。
地名エンティティへの識別子付与:GeoLOD
テキストから取り出した地名が「どこを指すか」を確定した後、その地名エンティティに安定した識別子を付与するサービスが GeoLOD である。地名データセットを登録するとGeoLOD IDが付与され、属性表示や検索、オンラインでの地名辞書構築に対応する [UC-013 §地名情報処理のサービス群——GeoNLP・ジオコーダー・GeoLOD]。
GeoLODに登録された識別子は、異なるアプリケーション間でのデータ統合に用いられる。同じIDを介することで、別々のシステムが同一の地名エンティティを参照できる。現在、江戸マップの地名・歴史地名データ・『日本歴史地名大系』地名項目データセットなど複数のデータセットがGeoLODに登録・統合されており [UC-013 §地名情報処理のサービス群——GeoNLP・ジオコーダー・GeoLOD]、安政江戸地震の被害可視化もGeoLOD IDを経由して地名テキストと地図上の位置を接続している [UC-013 §史料と実世界の紐づけ——固有表現認識と被害可視化]。
GeoLODの機能としてとくに注目されるのは、Uber H3インデックスを用いた曖昧な位置情報への対応である。六角形グリッドに対してIDを付与する仕組みで、ID自体で曖昧さのレベルを指定できる。おおよその位置しか確定できない歴史地名への対応として有効とされており [UC-013 §地名情報処理のサービス群——GeoNLP・ジオコーダー・GeoLOD]、GeoLODのこの機能については「地名サービス」も参照。
『日本歴史地名大系』との接続
平凡社『日本歴史地名大系』の地名項目に位置情報を付与して機械可読化した地名項目データセットは、江戸時代の村まで遡る80,502件のエントリをCC BYライセンスで公開しており、GeoNLPやGeoLODから参照できる地名辞書として機能する [UC-013 §『日本歴史地名大系』地名項目データセットとオープン・クローズ戦略]。ここで採られているのがオープン・クローズ戦略と呼ばれる方針で、ID・地名・読み・位置情報(事実に関する情報)はCODHからオープンデータとして公開し、地名の記述(解釈に関する情報)はジャパンナレッジ上でクローズドに提供する。事実情報と解釈情報を切り分けることで、再利用可能な地名データの公開と商業的コンテンツの維持を両立している [UC-013 §『日本歴史地名大系』地名項目データセットとオープン・クローズ戦略]。
このデータセットは「地名データセット」で詳しく扱っているが、本節の文脈では、GeoNLPによる固有表現認識の地名辞書として、あるいはGeoLODへの登録データセットとして、テキスト処理パイプラインの上流から下流までを通じた地名情報源として位置づけられる。