資料をデータにするとき、何を実体とし、何を属性とし、何を関係とするかの選択は、後でどんな問いを立てられるかを決めてしまう。この選択は技術上の選択である以前に、解釈上の選択である。

資料がそのままではデータにならないこと

歴史資料の画像は、くずし字を読む必要があるなどのハードルがあり、そのままでは使えない。歴史ビッグデータは作らないと使えないものであり、AI を使える部分は多いものの、手作りでないと無理な作業が多いという整理がある [UC-044 §歴史ビッグデータの作り方と使い方]。何を同じ実体とみなすかの判断基準が難しいことも、同じ整理の中で指摘されている [UC-044 §歴史ビッグデータの作り方と使い方]。同じものを指す別の記載を一つの実体にまとめるかどうかは、あらかじめ決まっているのではなく、資料を読む側の判断で定まる。実体の切り出しは、すでに解釈上の選択である。

何を実体とするかという選択

力士を実体とするか、番付上の出現を実体とするか。公演を実体とするか、演目を実体とするか。この区別によって、後でどんな集計ができ、どんな比較が可能になるかが決まる。相撲番付のアーカイブでは、宝暦7年(1757年)から慶応4年(1868年)までの110年210場所の番付を翻刻し、登場するすべての力士の名前をリスト化した。その結果は延べ48,300行を超えるデータリストとなり、「相撲番付 力士検索データベース」として公開されている [UC-036 §従来型の人文学型DH:相撲番付と祇園のアーカイブ]。名前が索引可能なエントリとして立てられたことが、力士を軸とする検索の形を決めている。祇園のアーカイブでは絵画資料420件と花街舞踊公演の上演記録456件がそれぞれ登録されており [UC-036 §従来型の人文学型DH:相撲番付と祇園のアーカイブ]、資料の種別ごとに実体の単位を決めることが設計の軸になっている。

構造が問いを先取りするということ

資料を画像にするだけでは研究基盤にならない。デジタル化は抽出の技術であり、資料が持つ情報の多くは欠落する。そのため、いつ・どこで・誰によって作られたのか、他の資料とどのような関係にあるのかを示すメタデータを付与し、研究上の問いと結びつける必要があるという整理がある [UC-036 §デジタル・アーカイブからDHへ:ARCが積み重ねてきたもの]。どの属性を記録し、どの関係を明示するかが、その資料に向けられる問いの射程を規定する。

バム遺跡の事例では、資源をクラスとして体系化して記述するオントロジー的なメタデータの付け方が採用された [UC-020 §メタデータの管理と公開]。オントロジーは実体の種類とそれらの関係をあらかじめ定義する枠組みであり、その定義が「何と何が関係しうるか」についての解釈を固定する。クラスの体系化にダブリンコアなどの標準語彙と国際標準の Object ID が併用されたことは [UC-020 §メタデータの管理と公開]、他のデータセットとの接続可能性を設計の段階から確保する選択として読める。語彙とスキーマの選び方そのものは「メタデータ」を参照されたい。

本文から切り離して注釈を持つやり方

バム遺跡の復元では、遺跡の正確な構造(ジオメトリ)を作る作業と、それを記述するメタデータの作成とが別の工程になっていた。メタデータはオントロジーエディターの Protégé で作成され、公開には RDF ストアに PostgreSQL、RDF の API に Apache Jena が用いられた [UC-020 §メタデータの管理と公開]。モデルそのものと、そのモデルについての記述とを別個に持つ設計は、資料本体と注釈を切り離して扱う考え方の一例といえる。こうした分離は記述を後から追加・修正しやすくする利点をもつと考えられる。一方で、本体と記述の対応関係を維持する管理が別に必要になる。ただし、この利点と負担の両面は、紐づく記事が直接論じたものではない。

同じ資料から複数の見せ方を用意するという問題もある。祇園のアーカイブでは、研究者向けのデータベースと、解説付きのカタログ型で幅広い層を想定したバーチャル・インスティテュートとが分けて提供されている [UC-036 §従来型の人文学型DH:相撲番付と祇園のアーカイブ]。構造を設計する段階で、想定する利用者と問いの種類を意識することが、後の公開形態に影響する。

構造設計が解釈である、ということ

3次元復元では、欠けている部分を補う際にペルシャ建築として妥当な構造かという観点が求められ、突起物や窓、門の形などを適当に決めるわけにはいかない [UC-020 §モデリングとレンダリングの分担と精度・コストの調整]。この事例では当初、コンピューターの専門家がモデリングも担い、遺跡の専門家は指示を出すだけだったが、うまくいかなかった。そこで遺跡の専門家がモデリングを担い、コンピューターの専門家がレンダリングを担う形に改めたところ、正確な画像が作れるようになった [UC-020 §モデリングとレンダリングの分担と精度・コストの調整]。欠損のある資料を構造として表現するとき、何を補いどう補うかは、対象についての専門的な解釈を前提とする。構造を決める作業は、中立な記録行為ではない。